おさせになりましたころには、音楽の才はおありになるというような御批評をお受けあそばした宮様ですが、あれ以来はぼんやりとしておしまいになりまして、毎日なさいますことはお物思いだけでございますから、音楽も結局寂しさを慰めるものではないという気が私にいたされます」
と御息所は言う。
「ごもっともなことですよ。『恋しさの限りだにある世なりせば』(つらきをしひて歎かざらまし)」
大将は歎息《たんそく》をして楽器を前へ押しやった。
「楽器に故人の音がついているかどうかが、私どもにわかりますほどお弾きになって見てくださいませ。みじめにめいっておりますわれわれの耳だけでも助けてくださいませ」
「私よりも御縁の深い方のあそばすものにこそ故人の芸術のうかがわれるものがあるでしょうから、ぜひ宮様のを承りたい」
御簾《みす》のそばに近く和琴を押し寄せて大将はこう言うのであるが、すぐに気軽く御承引あそばすものでないことを知っている大将は、しいても望みはしなかった。月が上ってきた。秋の澄んだ空を幾つかの雁《かり》の通って行くことも宮のお心には孤独でないものとしておうらやましいことであろうと思われた。冷ややか
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