静かさがことさら身にしむように思われた。以前よりもまた荒れてきたような気はするが、さすがに貴人の住居《すまい》らしい品は備わっていた。植え込みの花草が虫の音に満ちた野のように乱れた夕明りのもとの夜を大将はながめていた。そこに出たままになっていた和琴《わごん》を引き寄せてみると、それは律の調子に合わされてあって、よく弾き馴《な》らされて人間の香に染《し》んだなつかしいものであった。こんな趣味の美しい女|住居《ずまい》に放縦な癖のついた男が来たなら、自制もできずに醜態を見せることがあるのであろう、とこんなことも心に思いながら大将は和琴を弾いていた。これは柏木が生前よく弾いていた楽器である。ある曲のおもしろい一節だけを弾いたあとで、大将は、
「ことに和琴は名手というべき人でしたがね。忘れがたいあの人の芸術の妙味は宮様へお伝わりしているでしょうから、私はそれを承りたいのですが」
 と言うと、
「あの不幸のございましてからは、全くこうしたことに無関心におなりあそばしまして、お小さいころのお稽古弾《けいこび》きと申し上げるほどのこともあそばしません。院の御前で内親王様がたにいろいろの芸事のお稽古を
前へ 次へ
全26ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング