てがいやなものに思われるとお考えになり、あれは他人がだれも聞かぬ夫婦の間の話の中にただ少し言ったことに過ぎなかったのにと、そんなことをお思い出しになると、いよいよ愛欲世界がうるさくお考えられになるのであった。ぜひ尼になりたいと夫人が望むので、頭の頂の髪を少し取って、五戒だけをお受けさせになった。戒師が完全に仏の戒めを守る誓いを、仏前で尊い言葉で述べる時に、院は体面もお忘れになり、夫人に寄り添って涙を拭《ぬぐ》いつつ夫人とともに仏を念じておいでになったのを見ると、聡明《そうめい》な貴人も御愛妻の病に仏へおすがりになる心は凡人に変わらないことがわかった。どんな方法を講じて夫人の病を救い、長く生命《いのち》を保たせようかと夜昼お歎《なげ》きになるために、院のお顔にも少し痩《や》せが見えるようになった。五月などはまして気候が悪くて病夫人の容体がさわやいでいくとも見えなかったが、以前よりは少しいいようであった。しかもまだ苦しい日々が時々夫人にあった。院は物怪の罪を救うために、日ごとに法華経《ほけきょう》一巻ずつを供養させておいでになった。そのほか何かと宗教的な営みを多くあそばされた。病床のかたわ
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