、自身のものとしてこの方を見ることができたのであったと思うと、自身の臆病《おくびょう》さも口惜《くちお》しかった。朱雀《すざく》院からはたびたびそのお気持ちを示され、それとなく仰せになったこともあったのであるがと思いながらも、よく隙《すき》の見えることを知っていては女王に惹かれたほど心は動きもしないのであった。女王とはだれも想像ができぬほど遠い間隔のある所に置かれている大将は、その忘れがたい感情などは別として、せめて自分の持つ好意だけでも紫の女王に認めてもらうだけを望んでできないのを考えては煩悶《はんもん》しているのである。あるまじい心などはいだいていない、その思いを抑制することはできる人である。
夜がふけてゆくらしい冷ややかさが風に感ぜられて臥待月《ふしまちづき》が上り始めた。
「たよりない春の朧《おぼろ》月夜だ。秋のよさというのもまたこうした夜の音楽と虫の音がいっしょに立ち上ってゆく時にあるものだね」
と院は大将に向かってお言いになった。
「秋の明るい月夜には、音楽でも何の響きでも澄み通って聞こえますが、あまりきれいに作り合わせたような空とか、草花の露の色とかは、専念に深く音楽
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