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 と言った。

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契りおかんこの世ならでも蓮の葉に玉ゐる露の心隔つな
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 これは院のお歌である。六条院へはお気が進まないのであるが、宮中の聞こえと法皇への御同情から、宮の床についておられる知らせを受けていながら、いっしょに住むほうの妻の大病の気づかわしさから訪《たず》ねて行くこともあまりしなかったのであるから、女王の病のこんなふうに少しよい間にしばらくあちらの家へ行っていようという心におなりになって院はお出かけになった。
 宮は心の鬼に院の前へ出ておいでになることが恥ずかしく晴れがましくて、ものをお言いになる返辞もよくされないのを長い絶え間にこの子供らしい人もさすがに恨んでいるのであろうと院は心苦しくお思いになり、慰めることにかかっておいでになった。お世話役の女房をお呼び出しになり、宮の御不快の経過などを院がお聞きになると、それは妊娠の徴候があってのことであるという答えをした。
「今になって全く珍しいことが起こってきたね」
 とだけ院はお言いになったが、お心の中では長くそばにいる人たちの中にもそうしたことはないのであるから、不祥なことがこちらで起こっているのではないかというような疑いをお覚えになりながら、それをくわしく聞こうとはされないで、ただ悪阻《つわり》に悩む人の若い可憐《かれん》な姿に愛を覚えておいでになった。やっと思い立っておいでになったのであるから、すぐにお帰りになることもできず、二、三日おいでになる間にも、二条の院の女王の容体ばかりがお気づかわれになって、そのほうへ手紙ばかりを書き送っておいでになった。
「あんなにもしばらくの間にお言いになる感情がたまるのですかね。宮様をとうとうお気の毒な方様とお見上げする時が来ましたよ」
 などと宮の御過失などは知らぬ人たちが言う。秘密に携わっている小侍従は院の御滞留の間を無事に過ごしうるかと胸をとどろかせていた。
 衛門督《えもんのかみ》は院が六条のほうへ来ておいでになることを聞くと、だいそれた嫉妬《しっと》を起こして、自己の恋のはげしさをさらに書き送る気になって手紙をよこした。院が暫時《ざんじ》対のほうへ行っておいでになる時で、だれも宮のお居間にいない様子を見て、小侍従はそれを宮にお見せした。
「いやなものを読めというのね。私はまた気分が
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