お顔色も悪くおやつれが見えるようになった。衛門督は思いあまる時々に夢のように忍んで来た。宮のお心には今も愛情が生じているのではおありにならないのである。罪をお恐れになるばかりでなく、風采《ふうさい》も地位もそれはこれに匹敵する価値のない人であることはむろんであったし、気どって風流男がる表面を見て、一般人からは好もしい美男という評判は受けていても、少女時代から光源氏を良人《おっと》に与えられておいでになった宮が、比較して御覧になっては、それほど価値に思われる顔でもないのであるから、無礼者であるという御意識以外の何ものもない相手のために、妊娠をあそばされたというのはお気の毒な宿命である。気のついた乳母《めのと》たちは、
「たまにしかおいでにならないで、そしてまたこんなふうに重荷を宮様へお負わせになる」
 と院をお恨みしていた。寝《やす》んでおいでになることをお知りになって、院は訪《たず》ねようとあそばされた。
 夫人は暑い時分を清くしていたいと思い、髪を洗ってやや爽快《そうかい》なふうになっていた。そしてそのまままた横になっていたのであるから、早くかわかず、まだぬれている髪は少しのもつれもなく清らかにゆらゆらと、病む麗人に添っていた。青みを帯びた白い顔は美しくてすきとおるような皮膚つきである。虫のもぬけのようにたよりない。しかも長く捨てて置かれた二条の院は女王《にょおう》の美の輝きで狭げにさえ見えた。昨日今日になって人ごこちが夫人に帰ってきたことによって院内が活気づいてにわかに流れも木草も繕われだした。そうした庭をながめても、それが夏の終わりの景色《けしき》であるのに病臥《びょうが》していた間の月日の長さが思われた。池は涼しそうで蓮《はす》の花が多く咲き、蓮葉は青々として露がきらきら玉のように光っているのを、院が、
「あれを御覧なさい。自分だけが爽快がっている露のようじゃありませんか」
 とお言いになるので、夫人は起き上がって、さらに庭を見た。こんな姿を見ることが珍しくて、
「こうしてあなたを見ることのできるのは夢のようだ。悲しくて私自身さえも今死ぬかと思われた時が何度となくあったのだから」
 と、院が目に涙を浮かべてお言いになるのを聞くと、夫人も身にしむように思われて、

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消え留まるほどやは経《ふ》べきたまさかに蓮《はちす》の露のかかるばかりを
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