、たいして大木でないのへ咲きかかった藤の花は非常に美しかった。例の美音の弁《べん》の少将がなつかしい声で催馬楽《さいばら》の「葦垣《あしがき》」を歌うのであった。
「すばらしいね」
と大臣は戯談《じょうだん》を言って、「年経にけるこの家の」と上手《じょうず》に声を添えた。おもしろい夕月夜の藤の宴に宰相中将の憂愁は余す所なく解消された。夜がふけてから源中将は酔いに悩むふうを作って、
「あまり酔って苦しくてなりません。無事に帰りうる自信も持てませんからあなたの寝室を拝借できませんか」
と頭中将に言っていた。大臣は、
「ねえ朝臣《あそん》、寝床をどこかで借りなさい。老人《としより》は酔っぱらってしまって失礼だからもう引き込むよ」
と言い捨てて居間のほうへ行ってしまった。頭中将が、
「花の蔭《かげ》の旅寝ですね。どうですか、あとで迷惑になる案内役ではないかしら」
「寄りかかって松と同じ精神で咲く藤なのですから、これは軽薄な花なものですか。とにかくそんな縁起でもない言葉は使わないでおきましょう」
と言って、中将の先導をなお求める宰相中将であった。頭中将は負けたような気がしないでもなかった
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