宮も源氏も時々歌を助けて、たいそうな音楽ではないが、おもしろい音楽の夜ではあった。酒杯がさされた時に、宮は、

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「うぐひすの声にやいとどあくがれん心しめつる花のあたりに
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 千年もいたくなってます」
 と源氏へお言いになった。

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色も香もうつるばかりにこの春は花咲く宿をかれずもあらなん
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 と源氏は歌ってから、杯を頭の中将へさした。中将は杯を受けたあとで宰相の中将へ杯をまわした。

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うぐひすのねぐらの枝も靡《なび》くまでなほ吹き通せ夜半《よは》の笛竹
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 と頭の中将は歌ったのである。

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「心ありて風のよぐめる花の木にとりあへぬまで吹きやよるべき
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 少しひどいでしょうね」
 と宰相中将が言うと皆笑った。弁の少将が、

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かすみだに月と花とを隔てずばねぐらの鳥もほころびなまし
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 と言った。長居のしたくなる所であるとお言いになったとおりに、宮は明け方になってお帰りになるのであった。源氏は贈り物に、自身のために作られてあった直衣《のうし》一領と、手の触れない薫香《くんこう》二壺《ふたつぼ》を宮のお車へ載せさせた。

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花の香をえならぬ袖《そで》に移してもことあやまりと妹《いも》や咎《とが》めん
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 宮がこうお歌いになったと聞いて、
「何と言いわけをしようと御心配なのだね」
 と源氏は笑った。お車はもう走り出そうとしていたのであったが、使いを追いつかせて、

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「めづらしとふるさと人も待ちぞ見ん花の錦を着て帰る君
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 この上ないことだと御満足なさるでしょう」
 と源氏がお伝えさせると宮は苦笑をあそばされた。頭中将や弁の少将などにも目だつほどの纏頭《てんとう》でなく、細長とか小袿《こうちぎ》とかを源氏は贈ったのであった。
 裳着《もぎ》の式を行なう西の町へ源氏夫婦と姫君は午後八時に行った。中宮のおいでになる御殿の西の離れに式の設けがされてあって、姫君のお髪上《ぐしあ》げ役の(正装の場合には前髪を少しくくるのである)内侍などもこちらへ来たのである。紫夫人もこのついでに中宮へお目にかかった。中宮付き、夫人付き、姫君付きの盛装した女房のすわっているのが数も知れぬほどに見えた。裳を付ける式は十二時に始まったのである。ほのかな灯《ひ》の光で御覧になったのであるが、姫君を美しく中宮は思召《おぼしめ》した。
「お愛しくださいますことを頼みにいたしまして、失礼な姿も御前へ出させましたのです。尊貴なあなた様がかようなお世話をくださいますことなどは例もないことであろうと感激に堪えません」
 と源氏は申し上げていた。
「経験の少ない私が何もわからずにいたしておりますことに、そんな御|挨拶《あいさつ》をしてくださいましてはかえって困ります」
 と御|謙遜《けんそん》して仰せられる中宮の御様子は若々しくて愛嬌《あいきょう》に富んでおいでになるのを見て、この美しい人たちは皆自身の一家族であるという幸福を源氏は感じた。明石《あかし》が蔭《かげ》にいてこの晴れの式も見ることのできないことを悲しむふうであったのを哀れに思って、こちらへ呼ぼうかとも源氏は思ったのであるが、やはり外聞をはばかって実行はしなかった。こうした式についての記事は名文で書かれていてもうるさいものであるのを、自分などがだらしなく書いていっては、かえってきれいなりっぱなことをこわしてしまう結果になるのを恐れて、細かにはしるさない。
 東宮の御元服は二十幾日にあった。もうりっぱな大人のようでいらせられたから、だれも令嬢たちを後宮へ入れたい志望を持ったが、源氏がある自信を持って、姫君を東宮へ奉ろうとしているのを知っては、強大な競争者のあるこの宮仕えはかえって娘を不幸にすることではなかろうかと、左大臣、左大将などもまた躊躇《ちゅうちょ》していることを源氏は聞いて、
「それではお上《かみ》へ済まないことになる。宮仕えは多数のうちで、ただ少しの御|愛寵《あいちょう》の差を競うのに意義があるのだ。貴族がたのりっぱな姫君がお出にならないではこちらも張り合いのないことになる」
 と言って、姫君の宮仕えの時期を延ばした。たとえ娘を出すにしてもあとのことにしようとしていた人たちはそれを聞いて、最初に左大臣が三女を東宮へ入れた。麗景殿《れいげいでん》と呼ばれることになった。
 源氏のほうは昔の宿直所《とのいどころ》の桐壺《きりつぼ》の室内装飾などを直させることなどで時日が延びているのを
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