善悪を批判する余裕のないその場ではおもしろいことのようにも受け取られるのである。強々《こわごわ》しく非音楽的な言いようをすれば善《よ》いことも悪く思われる。乳母《めのと》の懐《ふところ》育ちのままで、何の教養も加えられてない新令嬢の真価は外観から誤られもするのである。そう頭が悪いのでもなかった。三十一字の初めと終わりの一貫してないような歌を早く作って見せるくらいの才もあるのである。
「女御さんの所へ行けとお言いになったのだから、私がしぶしぶにして気が進まないふうに見えては感情をお害しになるだろう。私は今夜のうちに出かけることにする。大臣がいらっしゃっても女御さんなどから冷淡にされてはこの家で立って行きようがないじゃないか」
と令嬢は言っていた。自信のなさが気の毒である。手紙を先に書いた。
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葦垣《あしがき》のまぢかきほどに侍《はべ》らひながら、今まで影踏むばかりのしるしも侍らぬは、なこその関をや据《す》ゑさせ給ひつらんとなん。知らねども武蔵野《むさしの》といへばかしこけれど、あなかしこやかしこや。
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点の多い書き方で、裏にはまた、
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まことや、暮れにも参りこむと思ひ給へ立つは、厭《いと》ふにはゆるにや侍らん。いでや、いでや、怪しきはみなせ川にを。
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と書かれ、端のほうに歌もあった。
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草若みひたちの海のいかが崎《さき》いかで相見む田子の浦波
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大川水の(みよし野の大川水のゆほびかに思ふものゆゑ浪《なみ》の立つらん)
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青い色紙一重ねに漢字がちに書かれてあった。肩がいかって、しかも漂って見えるほど力のない字、しという字を長く気どって書いてある。一行一行が曲がって倒れそうな自身の字を、満足そうに令嬢は微笑して読み返したあとで、さすがに細く小さく巻いて撫子《なでしこ》の花へつけたのであった。厠《かわや》係りの童女はきれいな子で、奉公なれた新参者であるが、それが使いになって、女御の台盤所《だいばんどころ》へそっと行って、
「これを差し上げてください」
と言って出した。下仕《しもづか》えの女が顔を知っていて、北の対に使われている女の子だといって、撫子を受け取った。大輔《たゆう》という女房が女御の所へ持って
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