時々あちらへ行って、いろんなことを見習うがいいと思う。平凡な人間も貴女《きじょ》がたの作法に会得《えとく》が行くと違ってくるものだからね。そんなつもりであちらへ行こうと思いますか」
 とも言った。
「まあうれしい。私はどうかして皆さんから兄弟だと認めていただきたいと寝ても醒《さ》めても祈っているのでございますからね。そのほかのことはどうでもいいと思っていたくらいでございますからね。お許しさえございましたら女御さんのために私は水を汲《く》んだり運んだりしましてもお仕えいたします」
 なお早口にしゃべり続けるのを聞いていて大臣はますます憂鬱《ゆううつ》な気分になるのを、紛らすために言った。
「そんな労働などはしないでもいいがお行きなさい。あやかったお坊さんはなるべく遠方のほうへやっておいてね」
 滑稽《こっけい》扱いにして言っているとも令嬢は知らない。また同じ大臣といっても、きれいで、物々しい風采《ふうさい》を備えた、りっぱな中のりっぱな大臣で、だれも気おくれを感じるほどの父であることも令嬢は知らない。
「それではいつ女御さんの所へ参りましょう」
「そう、吉日でなければならないかね。なにいいよ、そんなたいそうなふうには考えずに、行こうと思えば今日にでも」
 言い捨てて大臣は出て行った。四位五位の官人が多くあとに従った、権勢の強さの思われる父君を見送っていた令嬢は言う。
「ごりっぱなお父様だこと、あんな方の種なんだのに、ずいぶん小さい家で育ったものだ私は」
 五節《ごせち》は横から、
「でもあまりおいばりになりすぎますわ、もっと御自分はよくなくても、ほんとうに愛してくださるようなお父様に引き取られていらっしゃればよかった」
 と言った。真理がありそうである。
「まああんた、ぶちこわしを言うのね。失礼だわ。私と自分とを同じように言うようなことはよしてくださいよ。私はあなたなどとは違った者なのだから」
 腹をたてて言う令嬢の顔つきに愛嬌《あいきょう》があって、ふざけたふうな姿が可憐《かれん》でないこともなかった。ただきわめて下層の家で育てられた人であったから、ものの言いようを知らないのである。何でもない言葉もゆるく落ち着いて言えば聞き手はよいことのように聞くであろうし、巧妙でない歌を話に入れて言う時も、声《こわ》づかいをよくして、初め終わりをよく聞けないほどにして言えば、作の
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