出て、手紙をあけて見せた。女御は微笑をしながら下へ置いた手紙を、中納言という女房がそばにいて少し読んだ。
「何でございますか、新しい書き方のお手紙のようでございますね」
 となお見たそうに言うのを聞いて、女御は、
「漢字は見つけないせいかしら、前後が一貫してないように私などには思われる手紙よ」
 と言いながら渡した。
「返事もそんなふうにたいそうに書かないでは低級だと言って軽蔑《けいべつ》されるだろうね。それを読んだついでにあなたから書いておやりよ」
 と女御は言うのであった。露骨に笑い声はたてないが若い女房は皆笑っていた。使いが返事を請求していると言ってきた。
「風流なお言葉ばかりでできているお手紙ですから、お返事はむずかしゅうございます。仰せはこうこうと書いて差し上げるのも失礼ですし」
 と言って、中納言は女御の手紙のようにして書いた。
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近きしるしなきおぼつかなさは恨めしく、

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ひたちなる駿河《するが》の海の須磨《すま》の浦に浪《なみ》立ちいでよ箱崎《はこざき》の松
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 中納言が読むのを聞いて女御は、
「そんなこと、私が言ったように人が皆思うだろうから」
 と言って困ったような顔をしていると、
「大丈夫でございますよ。聞いた人が判断いたしますよ」
 と中納言は言って、そのまま包んで出した。新令嬢はそれを見て、
「うまいお歌だこと、まつとお言いになったのだから」
 と言って、甘いにおいの薫香《くんこう》を熱心に着物へ焚《た》き込んでいた。紅《べに》を赤々とつけて、髪をきれいになでつけた姿にはにぎやかな愛嬌《あいきょう》があった、女御との会談にどんな失態をすることか。



底本:「全訳源氏物語 中巻」角川文庫、角川書店
   1971(昭和46)年11月30日改版初版発行
   1994(平成6)年6月15日39版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には2002(平成14)年1月15日44版を使用しました。
入力:上田英代
校正:砂場清隆
2003年8月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.g
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