宮のことも活《い》かせも殺しもしながら訓戒めいたことを言っている源氏は、いつもそうであるが、若々しく美しかった。色も光沢《つや》もきれいな服の上に薄物の直衣《のうし》をありなしに重ねているのなども、源氏が着ていると人間の手で染め織りされたものとは見えない。物思いがなかったなら、源氏の美は目をよろこばせることであろうと玉鬘は思った。兵部卿《ひょうぶきょう》の宮からお手紙が来た。白い薄様《うすよう》によい字が書いてある。見て美しいが筆者が書いてしまえばただそれだけになることである。
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今日《けふ》さへや引く人もなき水《み》隠れに生《お》ふるあやめのねのみ泣かれん
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長さが記録になるほどの菖蒲《しょうぶ》の根に結びつけられて来たのである。
「ぜひ今日はお返事をなさい」
などと勧めておいて源氏は行ってしまった。女房たちもぜひと言うので玉鬘自身もどういうわけもなく書く気になっていた。
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あらはれていとど浅くも見ゆるかなあやめもわかず泣かれけるねの
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少女《おとめ》らしく。
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とだけほのかに書かれたらしい。字にもう少し重厚な気が添えたいと芸術家的な好みを持っておいでになる宮はお思いになったようであった。
今日は美しく作った薬玉《くすだま》などが諸方面から贈られて来る。不幸だったころと今とがこんなことにも比較されて考えられる玉鬘《たまかずら》は、この上できるならば世間の悪名を負わずに済ませたいともっともなことを願っていた。
源氏は花散里《はなちるさと》夫人の所へも寄った。
「中将が左近衛府《さこんえふ》の勝負のあとで役所の者を皆つれて来ると言ってましたからその用意をしておくのですね。まだ明るいうちに来るでしょう。私は何も麗々しく扱おうと思っていなかった姫君のことを、若い親王がたなどもお聞きになって手紙などをよくよこしておいでになるのだから、今日はいい機会のように思って、東の御殿へ何人も出ておいでになることになるでしょうから、そんなつもりで仕度《したく》をさせておいてください」
などと夫人に言っていた。馬場殿はこちらの廊からながめるのに遠くはなかった。
「若い人たちは渡殿《わたどの》の戸をあけて見物するがよい。このごろの左近衛府にはりっぱな下士官がいて、ちょっとした殿上役人などは及ばない者がいますよ」
と源氏が言うのを聞いていて、女房たちは今日の競技を見物のできることを喜んだ。玉鬘のほうからも童女などが見物に来ていて、廊の戸に御簾《みす》が青やかに懸《か》け渡され、はなやかな紫ぼかしの几帳《きちょう》がずっと立てられた所を、童女や下仕えの女房が行き来していた。菖蒲《しょうぶ》重ねの袙《あこめ》、薄藍《うすあい》色の上着を着たのが西の対の童女であった。上品に物馴《ものな》れたのが四人来ていた。下仕えは樗《おうち》の花の色のぼかしの裳《も》に撫子《なでしこ》色の服、若葉色の唐衣《からぎぬ》などを装うていた。こちらの童女は濃紫《こむらさき》に撫子重ねの汗袗《かざみ》などでおおような好みである。双方とも相手に譲るものでないというふうに気どっているのがおもしろく見えた。若い殿上役人などは見物席のほうに心の惹《ひ》かれるふうを見せていた。午後二時に源氏は馬場殿へ出たのである。予想したとおりに親王がたもおおぜい来ておいでになった。左右の組み合わせなどに宮中の定例の競技と違って、中少将が皆はいって、こうした私の催しにかえって興味のあるものが見られるのであった。女にはどうして勝負が決まるのかも知らぬことであったが、舎人《とねり》までが艶《えん》な装束をして一所懸命に競技に走りまわるのを見るのはおもしろかった。南御殿の横まで端は及んでいたから、紫夫人のほうでも若い女房などは見物していた。「打毬楽《だきゅうらく》」「納蘇利《なそり》」などの奏楽がある上に、右も左も勝つたびに歓呼に代えて楽声をあげた。夜になって終わるころにはもう何もよく見えなかった。左近衛府《さこんえふ》の舎人《とねり》たちへは等差をつけていろいろな纏頭《てんとう》が出された。ずっと深更になってから来賓は退散したのである。源氏は花散里のほうに泊まるのであった。いろいろな話が夫人とかわされた。
「兵部卿の宮はだれよりもごりっぱなようだ。御容貌などはよろしくないが、身の取りなしなどに高雅さと愛嬌《あいきょう》のある方だ。そのほかはよいと言われている人たちにも欠点がいろいろある」
「あなたの弟様でもあの方のほうが老《ふ》けてお見えになりますね。こちらへ古くからよくおいでになると聞いていましたが、私はずっと昔に御所で隙見《すきみ》をしてお知り申し上げているだけですから、今日
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