ていたが、宰相の君が宮のお言葉を持ってそのほうへはいって行く時に源氏は言《こと》づてた。
「あまりに重苦しいしかたです。すべて相手次第で態度を変えることが必要で、そして無難です。少女らしく恥ずかしがっている年齢《とし》でもない。この宮さんなどに人づてのお話などをなさるべきでない。声はお惜しみになっても少しは近い所へ出ていないではいけませんよ」
 などと言う忠告である。玉鬘は困っていた。なおこうしていればその用があるふうをしてそばへ寄って来ないとは保証されない源氏であったから、複雑な侘《わび》しさを感じながら玉鬘はそこを出て中央の室の几帳《きちょう》のところへ、よりかかるような形で身を横たえた。宮の長いお言葉に対して返辞がしにくい気がして玉鬘が躊躇《ちゅうちょ》している時、源氏はそばへ来て薄物の几帳の垂《た》れを一枚だけ上へ上げたかと思うと、蝋《ろう》の燭《ひ》をだれかが差し出したかと思うような光があたりを照らした。玉鬘は驚いていた。夕方から用意して蛍《ほたる》を薄様《うすよう》の紙へたくさん包ませておいて、今まで隠していたのを、さりげなしに几帳を引き繕うふうをしてにわかに袖《そで》から出したのである。たちまちに異常な光がかたわらに湧《わ》いた驚きに扇で顔を隠す玉鬘の姿が美しかった。強い明りがさしたならば宮も中をおのぞきになるであろう、ただ自分の娘であるから美貌《びぼう》であろうと想像をしておいでになるだけで、実質のこれほどすぐれた人とも認識しておいでにならないであろう。好色なお心を遣《や》る瀬ないものにして見せようと源氏が計ったことである。実子の姫君であったならこんな物狂わしい計らいはしないであろうと思われる。源氏はそっとそのまま外の戸口から出て帰ってしまった。宮は最初姫君のいる所はその辺であろうと見当をおつけになったのが、予期したよりも近い所であったから、興奮をあそばしながら薄物の几帳の間から中をのぞいておいでになった時に、一室ほど離れた所に思いがけない光が湧いたのでおもしろくお思いになった。まもなく明りは薄れてしまったが、しかも瞬間のほのかな光は恋の遊戯にふさわしい効果があった。かすかによりは見えなかったが、やや大柄な姫君の美しかった姿に宮のお心は十分に惹《ひ》かれて源氏の策は成功したわけである。

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「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消《け》つには消《け》ゆるものかは
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 御実験なすったでしょう」
 と宮はお言いになった。こんな場合の返歌を長く考え込んでからするのは感じのよいものでないと思って、玉鬘《たまかずら》はすぐに、

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声はせで身をのみこがす蛍こそ言ふよりまさる思ひなるらめ
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 とはかないふうに言っただけで、また奥のほうへはいってしまった。宮は疎々《うとうと》しい待遇を受けるというような恨みを述べておいでになった。あまり好色らしく思わせたくないと宮は朝まではおいでにならずに、軒の雫《しずく》の冷たくかかるのに濡《ぬ》れて、暗いうちにお帰りになった。杜鵑《ほととぎす》などはきっと鳴いたであろうと思われる。筆者はそこまで穿鑿《せんさく》はしなかった。
 宮の御|風采《ふうさい》の艶《えん》な所が源氏によく似ておいでになると言って女房たちは賞《ほ》めていた。昨夜《ゆうべ》の源氏が母親のような行き届いた世話をした点で玉鬘の苦悶《くもん》などは知らぬ女房たちが感激していた。玉鬘は源氏に持たれる恋心を自身の薄倖《はっこう》の現われであると思った。実の父に娘を認められた上では、これほどの熱情を持つ源氏を良人《おっと》にすることが似合わしくないことでないかもしれぬ、現在では父になり娘になっているのであるから、両者の恋愛がどれほど世間の問題にされることであろうと玉鬘は心を苦しめているのである。しかし真実は源氏もそんな醜い関係にまで進ませようとは思っていなかった。ただ恋を覚えやすい性格であったから、中宮などに対しても清い父親としてだけの愛以上のものをいだいていないのではない、何かの機会にはお心を動かそうとしながらも高貴な御身分にはばかられてあらわな恋ができないだけである。玉鬘は性格にも親しみやすい点があって、はなやかな気分のあふれ出るようなのを見ると、おさえている心がおどり出して、人が見れば怪しく思うほどのことも混じっていくのであるが、さすがに反省をして美しい愛だけでこの人を思おうとしていた。
 五日には馬場殿へ出るついでにまた玉鬘を源氏は訪《たず》ねた。
「どうでしたか。宮はずっとおそくまでおいでになりましたか。際限なく宮を接近おさせしないようにしましょう。危険性のある方だからね。力で恋人を征服しようとしない人は少ないからね」
 などと
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