は悲しくなったまま言った。
「あなたにはじめて逢《あ》った時には、こんなにまでお母様に似ているとは見えなかったが、それからのちは時々あなたをお母様だと思うことがあるのですよ。その点ではずいぶん私を悲しがらせるあなただ。中将が少しも死んだ母に似た所がないものだから、親子というものはそれくらいのものかと思っていましたがね、あなたのような人もまたあるのですね」
涙ぐんでいるのであった。そこに置かれてあった箱の蓋《ふた》に、菓子と橘《たちばな》の実を混ぜて盛ってあった中の、橘を源氏は手にもてあそびながら、
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「橘のかをりし袖《そで》によそふれば変はれる身とも思ほえぬかな
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長い年月の間、どんな時にも恋しく思い出すばかりで、慰めは少しも得られなかった私が、故人にそのままなあなたを家の中で見ることは、夢でないかとうれしいにつけても、また昔が思われます。あなたも私を愛してください」
と言って、玉鬘《たまかずら》の手を取った。女はこんなふうに扱われたことがなかったから、心持ちが急に暗く憂鬱《ゆううつ》になったが、ただ腑《ふ》に落ちぬふうを見せただけで、おおようにしながら、
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袖の香をよそふるからに橘のみさへはかなくなりもこそすれ
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と言ったが、不安な気がして下を向いている玉鬘の様子が美しかった。手がよく肥えて肌目《はだめ》の細かくて白いのをながめているうちに、見がたい物を見た満足よりも物思いが急にふえたような気が源氏にした。源氏はこの時になってはじめて恋をささやいた。女は悲しく思って、どうすればよいかと思うと、身体《からだ》に慄《ふる》えの出てくるのも源氏に感じられた。
「なぜそんなに私をお憎みになる。今まで私はこの感情を上手《じょうず》におさえていて、だれからも怪しまれていなかったのですよ。あなたも人に悟らせないようにつとめてください。もとから愛している上に、そうなればまた愛が加わるのだから、それほど愛される恋人というものはないだろうと思われる。あなたに恋をしている人たちより以下のものに私を見るわけはないでしょう。こんな私のような大きい愛であなたを包もうとしている者はこの世にないはずなのですから、私が他の求婚者たちの熱心の度にあきたらないもののあるのはもっともでしょう」
と源氏は言った。変態的な理屈である。雨はすっかりやんで、竹が風に鳴っている上に月が出て、しめやかな気になった。女房たちは親しい話をする主人たちに遠慮をして遠くへ去っていた。始終|逢《あ》っている間柄ではあるが、こんなよい機会もまたとないような気がしたし、抑制したことが口へ出てしまったあとの興奮も手伝って、都合よく着ならした上着は、こんな時にそっと脱ぎすべらすのに音を立てなかったから、そのまま玉鬘の横へ寝た。玉鬘は情けない気がした。人がどう言うであろうと思うと非常に悲しくなった。実父の所であれば、愛は薄くてもこんな禍《わざわ》いはなかったはずであると思うと涙がこぼれて、忍ぼうとしても忍びきれないのである。玉鬘がそんなにも心を苦しめているのを見て、
「そんなに私を恐れておいでになるのが恨めしい。それまでに親しんでいなかった人たちでも、夫婦の道の第一歩は、人生の掟《おきて》に従って、いっしょに踏み出すのではありませんか。もう馴染《なじ》んでから長くなる私が、あなたと寝て、それが何恐ろしいことですか。これ以上のことを私は断じてしませんよ。ただこうして私の恋の苦しみを一時的に慰めてもらおうとするだけですよ」
と源氏は言ったが、なお続いて物哀れな調子で、恋しい心をいろいろに告げていた。こうして二人並んで身を横たえていることで、源氏の心は昔がよみがえったようにも思われるのである。自身のことではあるが、これは軽率なことであると考えられて、反省した源氏は、人も不審を起こすであろうと思って、あまり夜も更《ふ》かさないで帰って行くのであった。
「こんなことで私をおきらいになっては私が悲しみますよ。よその人はこんな思いやりのありすぎるものではありませんよ。限りもない、底もない深い恋を持っている私は、あなたに迷惑をかけるような行為は決してしない。ただ帰って来ない昔の恋人を悲しむ心を慰めるために、あなたを仮にその人としてものを言うことがあるかもしれませんが、私に同情してあなたは仮に恋人の口ぶりでものを言っていてくだすったらいいのだ」
と出がけに源氏はしんみりと言うのであったが、玉鬘《たまかずら》はぼうとなっていて悲しい思いをさせられた恨めしさから何とも言わない。
「これほど寛大でないあなたとは思っていなかったのに、非常に憎むのですね」
と歎息《たんそく》をした源氏は、
「だれにもいっさい
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