たが、九州の一行は姫君を介抱《かいほう》しながら坂を上るので、初夜の勤めの始まるころにようやく御堂へ着いた。御堂の中は非常に混雑していた。右近が取らせてあったお籠《こも》り部屋《べや》は右側の仏前に近い所であった。九州の人の頼んでおいた僧は無勢力なのか西のほうの間で、仏前に遠かった。
「やはりこちらへおいでなさいませ」
 と言って、右近が召使をよこしたので、男たちだけをそのほうに残して、おとど[#「おとど」に傍点]は右近との邂逅《かいこう》を簡単に豊後介へ語ってから、右近の部屋のほうへ姫君を移した。
「私などつまらない女ですが、ただ今の太政大臣様にお仕えしておりますのでね、こんな所に出かけていましても不都合はだれもしないであろうと安心していられるのですよ。地方の人らしく見ますと、生意気にお寺の人などは軽蔑《けいべつ》した扱いをしますから、姫君にもったいなくて」
 右近はくわしい話もしたいのであるが、仏前の経声の大きいのに妨げられて、やむをえず仏を拝んでだけいた。
 この方をお捜しくださいませ、お逢《あ》わせくださいませとお願いしておりましたことをおかなえくださいましたから、今度は源氏の大臣《おとど》がこの方を子にしてお世話をなさりたいと熱心に思召《おぼしめ》すことが実現されますようにお計らいくださいませ、そうしてこの方が幸福におなりになりますように。
 と祈っているのであった。国々の参詣《さんけい》者が多かった。大和守《やまとのかみ》の妻も来た。その派手《はで》な参詣ぶりをうらやんで、三条は仏に祈っていた。
「大慈大悲の観音様、ほかのお願いはいっさいいたしません。姫君を大弐《だいに》の奥様でなければ、この大和の長官の夫人にしていただきたいと思います。それが事実になりまして、私どもにも幸福が分けていただけました時に厚くお礼をいたします」
 額に手を当てて念じているのである。右近はつまらぬことを言うとにがにがしく思った。
「あなたはとんでもないほど田舎者になりましたね。中将様は昔だってどうだったでしょう、まして今では天下の政治をお預かりになる大臣《おとど》ですよ。そうしたお盛んなお家の方で姫君だけを地方官の奥さんという二段も三段も低いものにしてそれでいいのですか」
 と言うと、
「まあお待ちなさいよあなた。大臣様だって何だってだめですよ。大弐のお館《やかた》の奥様が清水《きよみず》の観世音寺へお参りになった時の御様子をご存じですか、帝《みかど》様の行幸《みゆき》があれ以上のものとは思えません。あなたは思い切ったひどいことをお言いになりますね」
 こう言って、三条はなお祈りの合掌を解こうとはしなかった。九州の人たちは三日|参籠《さんろう》することにしていた。右近はそれほど長くいようとは思っていなかったが、この機会《おり》に昔の話も人々としたく思って、寺のほうへ三日間参籠すると言わせるために僧を呼んだ。雑用をする僧は願文《がんもん》のことなどもよく心得ていて、すばやくいろいろのことを済ませていく。
「いつもの藤原瑠璃君《ふじわらのるりぎみ》という方のためにお経をあげてよくお祈りすると書いてください。その方にね、近ごろお目にかかることができましたからね。その願果たしもさせていただきます」
 と右近の命じていることも九州の人々を感動させた。
「それは結構なことでしたね。よくこちらでお祈りしているせいでしょう」
 などとその僧は言っていた。御堂の騒ぎは夜通し続いていた。
 夜が明けたので右近は知った僧の坊へ姫君を伴って行った。静かに話したいと思うからであろう。質素なふうで来ているのを恥ずかしがっている姫君を右近は美しいと思った。
「私は思いがけない大きなお邸《やしき》へお勤めすることになりまして、たくさんな女の方を見ましたが、殿様の奥様の御容貌《ごきりょう》に比べてよいほどの方はないと長い間思っていました。それにお小さいお姫様がまたお美しいことはもっともなことですが、そのお姫様はまたどんなに大事がられていらっしゃるか、まったく幸福そのもののような方ですがね、こうして御質素なふうをなすっていらっしゃる姫君を、私は拝見して、その奥様や二条院のお姫様に姫君が劣っていらっしゃるように思われませんのでうれしゅうございます。殿様はおっしゃいますのですよ、自分の父君の帝《みかど》様の時から宮中の女御《にょご》やお后《きさき》、それから以下の女性は無数に見ているが、ただ今の帝様のお母様のお后の御美貌と自分の娘の顔とが最もすぐれたもので、美人とはこれを言うのであると思われるって。私は拝見していて、そのお后様は存じませんけれど、お姫様はまだお小さくて将来は必ずすぐれた美人におなりになるでしょうが、奥様の御美貌に並ぶ人はないと思うのですよ。殿様も奥様のお美しさの
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