見えるのである。中将はこれまで、院の思召《おぼしめ》しと、父の大臣の好意、母宮の叔母《おば》君である関係、そんなものが源氏をここに引き止めているだけで、妹を熱愛するとは見えなかった、自分はそれに同情も表していたつもりであるが、表面とは違った動かぬ愛を妻に持っていた源氏であったのだとこの時はじめて気がついた。それによってまた妹の死が惜しまれた。ただ一人の人がいなくなっただけであるが、家の中の光明をことごとく失ったようにだれもこのごろは思っているのである。源氏は枯れた植え込みの草の中に竜胆《りんどう》や撫子《なでしこ》の咲いているのを見て、折らせたのを、中将が帰ったあとで、若君の乳母《めのと》の宰相の君を使いにして、宮様のお居間へ持たせてやった。

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草枯れの籬《まがき》に残る撫子を別れし秋の形見とぞ見る

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この花は比較にならないものとあなた様のお目には見えるでございましょう。
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 こう挨拶《あいさつ》をさせたのである。撫子にたとえられた幼児はほんとうに花のようであった。宮様の涙は風の音にも木の葉より早く散るころであるから、まして源氏の歌はお心を動かした。

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今も見てなかなか袖《そで》を濡《ぬ》らすかな垣《かき》ほあれにしやまと撫子
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 というお返辞があった。
 源氏はまだつれづれさを紛らすことができなくて、朝顔の女王《にょおう》へ、情味のある性質の人は今日の自分を哀れに思ってくれるであろうという頼みがあって手紙を書いた。もう暗かったが使いを出したのである。親しい交際はないが、こんなふうに時たま手紙の来ることはもう古くからのことで馴《な》れている女房はすぐに女王へ見せた。秋の夕べの空の色と同じ唐紙《とうし》に、

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わきてこの暮《くれ》こそ袖《そで》は露けけれ物思ふ秋はあまた経ぬれど

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「神無月いつも時雨は降りしかど」というように。
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 と書いてあった。ことに注意して書いたらしい源氏の字は美しかった。これに対してもと女房たちが言い、女王自身もそう思ったので返事は書いて出すことになった。
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このごろのお寂しい御起居は想像いたしながら、お尋ねすることもまた御遠慮され
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