こちらへ寄せていただいていましても、いつも時間が少なくて、伺わせていただく間のないのが残念でなりません」
 と言うと、
「あなたのような批評家がいては手が出せない。御所に出ている人などに聞いてもらえる芸なものですか」
 こう言いながらも、すぐに女王が琴を持って来させるのを見ると、命婦がかえってはっとした。源氏の聞いていることを思うからである。女王はほのかな爪音《つまおと》を立てて行った。源氏はおもしろく聞いていた。たいした深い芸ではないが、琴の音というものは他の楽器の持たない異国風な声であったから、聞きにくくは思わなかった。この邸《やしき》は非常に荒れているが、こんな寂しい所に女王の身分を持っていて、大事がられた時代の名残《なごり》もないような生活をするのでは、どんなに味気ないことが多かろう。昔の小説にもこんな背景の前によく佳人が現われてくるものだなどと源氏は思って今から交渉の端緒を作ろうかとも考えたが、ぶしつけに思われることが恥ずかしくて座を立ちかねていた。
 命婦は才気のある女であったから、名手の域に遠い人の音楽を長く源氏に聞かせておくことは女王の損になると思った。
「雲が出て月が
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