ぶりをしないでもいいじゃないか。このごろは朧月《おぼろづき》があるからね、そっと行ってみよう。君も家《うち》へ退《さが》っていてくれ」
 源氏が熱心に言うので、大輔の命婦は迷惑になりそうなのを恐れながら、御所も御用のひまな時であったから、春の日永《ひなが》に退出をした。父の大輔は宮邸には住んでいないのである。その継母の家へ出入りすることをきらって、命婦は祖父の宮家へ帰るのである。
 源氏は言っていたように十六夜《いざよい》の月の朧《おぼ》ろに霞《かす》んだ夜に命婦を訪問した。
「困ります。こうした天気は決して音楽に適しませんのですもの」
「まあいいから御殿へ行って、ただ一声でいいからお弾《ひ》かせしてくれ。聞かれないで帰るのではあまりつまらないから」
 と強《し》いて望まれて、この貴公子を取り散らした自身の部屋へ置いて行くことを済まなく思いながら、命婦が寝殿《しんでん》へ行ってみると、まだ格子《こうし》をおろさないで梅の花のにおう庭を女王はながめていた。よいところであると命婦は心で思った。
「琴の声が聞かせていただけましたらと思うような夜分でございますから、部屋を出てまいりました。私は
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