髪道具もあるのを源氏はおもしろく思った。末摘花が現代人風になったと見えるのは三十日に贈られた衣箱の中の物がすべてそのまま用いられているからであるとは源氏の気づかないところであった。よい模様であると思った袿《うちぎ》にだけは見覚えのある気がした。
「春になったのですからね。今日は声も少しお聞かせなさいよ、鶯《うぐいす》よりも何よりもそれが待ち遠しかったのですよ」
 と言うと、「さへづる春は」(百千鳥《ももちどり》囀《さへづ》る春は物ごとに改まれどもわれぞ古《ふ》り行《ゆ》く)とだけをやっと小声で言った。
「ありがとう。二年越しにやっと報いられた」
 と笑って、「忘れては夢かとぞ思ふ」という古歌を口にしながら帰って行く源氏を見送るが、口を被《おお》うた袖《そで》の蔭《かげ》から例の末摘花が赤く見えていた。見苦しいことであると歩きながら源氏は思った。
 二条の院へ帰って源氏の見た、半分だけ大人のような姿の若紫がかわいかった。紅《あか》い色の感じはこの人からも受け取れるが、こんなになつかしい紅もあるのだったと見えた。無地の桜色の細長を柔らかに着なした人の無邪気な身の取りなしが美しくかわいいのである。昔風の祖母の好みでまだ染めてなかった歯を黒くさせたことによって、美しい眉《まゆ》も引き立って見えた。自分のすることであるがなぜつまらぬいろいろな女を情人に持つのだろう、こんなに可憐《かれん》な人とばかりいないでと源氏は思いながらいつものように雛《ひな》遊びの仲間になった。紫の君は絵をかいて彩色したりもしていた。何をしても美しい性質がそれにあふれて見えるようである。源氏もいっしょに絵をかいた。髪の長い女をかいて、鼻に紅をつけて見た。絵でもそんなのは醜い。源氏はまた鏡に写る美しい自身の顔を見ながら、筆で鼻を赤く塗ってみると、どんな美貌《びぼう》にも赤い鼻の一つ混じっていることは見苦しく思われた。若紫が見て、おかしがって笑った。
「私がこんな不具者になったらどうだろう」
 と言うと、
「いやでしょうね」
 と言って、しみ込んでしまわないかと紫の君は心配していた。源氏は拭《ふ》く真似《まね》だけをして見せて、
「どうしても白くならない。ばかなことをしましたね。陛下はどうおっしゃるだろう」
 まじめな顔をして言うと、かわいそうでならないように同情して、そばへ寄って硯《すずり》の水入れの水を
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