い髪よりも艶《えん》なものであるという感じを与えた。きれいな中年の女房が二人いて、そのほかにこの座敷を出たりはいったりして遊んでいる女の子供が幾人かあった。その中に十歳《とお》ぐらいに見えて、白の上に淡黄《うすき》の柔らかい着物を重ねて向こうから走って来た子は、さっきから何人も見た子供とはいっしょに言うことのできない麗質を備えていた。将来はどんな美しい人になるだろうと思われるところがあって、肩の垂《た》れ髪の裾が扇をひろげたようにたくさんでゆらゆらとしていた。顔は泣いたあとのようで、手でこすって赤くなっている。尼さんの横へ来て立つと、
「どうしたの、童女たちのことで憤《おこ》っているの」
 こう言って見上げた顔と少し似たところがあるので、この人の子なのであろうと源氏は思った。
「雀《すずめ》の子を犬君《いぬき》が逃がしてしまいましたの、伏籠《ふせご》の中に置いて逃げないようにしてあったのに」
 たいへん残念そうである。そばにいた中年の女が、
「またいつもの粗相《そそう》やさんがそんなことをしてお嬢様にしかられるのですね、困った人ですね。雀はどちらのほうへ参りました。だいぶ馴《な》れてきてかわゆうございましたのに、外へ出ては山の鳥に見つかってどんな目にあわされますか」
 と言いながら立って行った。髪のゆらゆらと動く後ろ姿も感じのよい女である。少納言《しょうなごん》の乳母《めのと》と他の人が言っているから、この美しい子供の世話役なのであろう。
「あなたはまあいつまでも子供らしくて困った方ね。私の命がもう今日《きょう》明日《あす》かと思われるのに、それは何とも思わないで、雀のほうが惜しいのだね。雀を籠《かご》に入れておいたりすることは仏様のお喜びにならないことだと私はいつも言っているのに」
 と尼君は言って、また、
「ここへ」
 と言うと美しい子は下へすわった。顔つきが非常にかわいくて、眉《まゆ》のほのかに伸びたところ、子供らしく自然に髪が横撫《よこな》でになっている額にも髪の性質にも、すぐれた美がひそんでいると見えた。大人《おとな》になった時を想像してすばらしい佳人の姿も源氏の君は目に描いてみた。なぜこんなに自分の目がこの子に引き寄せられるのか、それは恋しい藤壺《ふじつぼ》の宮によく似ているからであると気がついた刹那《せつな》にも、その人への思慕の涙が熱く頬《ほお》を伝わった。尼君は女の子の髪をなでながら、
「梳《す》かせるのもうるさがるけれどよい髪だね。あなたがこんなふうにあまり子供らしいことで私は心配している。あなたの年になればもうこんなふうでない人もあるのに、亡《な》くなったお姫さんは十二でお父様に別れたのだけれど、もうその時には悲しみも何もよくわかる人になっていましたよ。私が死んでしまったあとであなたはどうなるのだろう」
 あまりに泣くので隙見《すきみ》をしている源氏までも悲しくなった。子供心にもさすがにじっとしばらく尼君の顔をながめ入って、それからうつむいた。その時に額からこぼれかかった髪がつやつやと美しく見えた。

[#ここから2字下げ]
生《お》ひ立たんありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えんそらなき
[#ここで字下げ終わり]

 一人の中年の女房が感動したふうで泣きながら、

[#ここから2字下げ]
初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えんとすらん
[#ここで字下げ終わり]

 と言った。この時に僧都《そうず》が向こうの座敷のほうから来た。
「この座敷はあまり開《あ》けひろげ過ぎています。今日に限ってこんなに端のほうにおいでになったのですね。山の上の聖人の所へ源氏の中将が瘧病《わらわやみ》のまじないにおいでになったという話を私は今はじめて聞いたのです。ずいぶん微行でいらっしゃったので私は知らないで、同じ山にいながら今まで伺候もしませんでした」
 と僧都は言った。
「たいへん、こんな所をだれか御一行の人がのぞいたかもしれない」
 尼君のこう言うのが聞こえて御簾《みす》はおろされた。
「世間で評判の源氏の君のお顔を、こんな機会に見せていただいたらどうですか、人間生活と絶縁している私らのような僧でも、あの方のお顔を拝見すると、世の中の歎《なげ》かわしいことなどは皆忘れることができて、長生きのできる気のするほどの美貌《びぼう》ですよ。私はこれからまず手紙で御挨拶《ごあいさつ》をすることにしましょう」
 僧都がこの座敷を出て行く気配《けはい》がするので源氏も山上の寺へ帰った。源氏は思った。自分は可憐な人を発見することができた、だから自分といっしょに来ている若い連中は旅というものをしたがるのである、そこで意外な収穫を得るのだ、たまさかに京を出て来ただけでもこんな思いがけないことがあると、それで源氏はうれしかった。それにして
前へ 次へ
全17ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング