い所では播磨《はりま》の明石《あかし》の浦がよろしゅうございます。特別に変わったよさはありませんが、ただそこから海のほうをながめた景色はどこよりもよく纏《まとま》っております。前《さきの》播磨守入道が大事な娘を住ませてある家はたいしたものでございます。二代ほど前は大臣だった家筋で、もっと出世すべきはずの人なんですが、変わり者で仲間の交際なんかをもきらって近衛《このえ》の中将を捨てて自分から願って出てなった播磨守なんですが、国の者に反抗されたりして、こんな不名誉なことになっては京へ帰れないと言って、その時に入道した人ですが、坊様になったのなら坊様らしく、深い山のほうへでも行って住めばよさそうなものですが、名所の明石の浦などに邸宅を構えております。播磨にはずいぶん坊様に似合った山なんかが多いのですがね、変わり者をてらってそうするかというとそれにも訳はあるのです。若い妻子が寂しがるだろうという思いやりなのです。そんな意味でずいぶん贅沢《ぜいたく》に住居《すまい》なども作ってございます。先日父の所へまいりました節、どんなふうにしているかも見たいので寄ってみました。京にいますうちは不遇なようでしたが、今の住居などはすばらしいもので、何といっても地方長官をしていますうちに財産ができていたのですから、生涯《しょうがい》の生活に事を欠かない準備は十分にしておいて、そして一方では仏弟子《ぶつでし》として感心に修行も積んでいるようです。あの人だけは入道してから真価が現われた人のように見受けます」
「その娘というのはどんな娘」
「まず無難な人らしゅうございます。あのあとの代々の長官が特に敬意を表して求婚するのですが、入道は決して承知いたしません。自分の一生は不遇だったのだから、娘の未来だけはこうありたいという理想を持っている。自分が死んで実現が困難になり、自分の希望しない結婚でもしなければならなくなった時には、海へ身を投げてしまえと遺言をしているそうです」
源氏はこの話の播磨の海べの変わり者の入道の娘がおもしろく思えた。
「竜宮《りゅうぐう》の王様のお后《きさき》になるんだね。自尊心の強いったらないね。困り者だ」
などと冷評する者があって人々は笑っていた。話をした良清《よしきよ》は現在の播磨守の息子《むすこ》で、さきには六位の蔵人《くろうど》をしていたが、位が一階上がって役から離れた男である。ほかの者は、
「好色な男なのだから、その入道の遺言を破りうる自信を持っているのだろう。それでよく訪問に行ったりするのだよ」
とも言っていた。
「でもどうかね、どんなに美しい娘だといわれていても、やはり田舎者《いなかもの》らしかろうよ。小さい時からそんな所に育つし、頑固《がんこ》な親に教育されているのだから」
こんなことも言う。
「しかし母親はりっぱなのだろう。若い女房や童女など、京のよい家にいた人などを何かの縁故からたくさん呼んだりして、たいそうなことを娘のためにしているらしいから、それでただの田舎娘ができ上がったら満足していられないわけだから、私などは娘も相当な価値のある女だろうと思うね」
だれかが言う。源氏は、
「なぜお后にしなければならないのだろうね。それでなければ自殺させるという凝り固まりでは、ほかから見てもよい気持ちはしないだろうと思う」
などと言いながらも、好奇心が動かないようでもなさそうである。平凡でないことに興味を持つ性質を知っている家司《けいし》たちは源氏の心持ちをそう観察していた。
「もう暮れに近うなっておりますが、今日《きょう》は御病気が起こらないで済むのでございましょう。もう京へお帰りになりましたら」
と従者は言ったが、寺では聖人が、
「もう一晩静かに私に加持をおさせになってからお帰りになるのがよろしゅうございます」
と言った。だれも皆この説に賛成した。源氏も旅で寝ることははじめてなのでうれしくて、
「では帰りは明日に延ばそう」
こう言っていた。山の春の日はことに長くてつれづれでもあったから、夕方になって、この山が淡霞《うすがすみ》に包まれてしまった時刻に、午前にながめた小柴垣《こしばがき》の所へまで源氏は行って見た。ほかの従者は寺へ帰して惟光《これみつ》だけを供につれて、その山荘をのぞくとこの垣根のすぐ前になっている西向きの座敷に持仏《じぶつ》を置いてお勤めをする尼がいた。簾《すだれ》を少し上げて、その時に仏前へ花が供えられた。室の中央の柱に近くすわって、脇息《きょうそく》の上に経巻を置いて、病苦のあるふうでそれを読む尼はただの尼とは見えない。四十ぐらいで、色は非常に白くて上品に痩《や》せてはいるが頬《ほお》のあたりはふっくりとして、目つきの美しいのとともに、短く切り捨ててある髪の裾《すそ》のそろったのが、かえって長
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