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見し人の煙を雲とながむれば夕《ゆふべ》の空もむつまじきかな
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 と独言《ひとりごと》のように言っていても、返しの歌は言い出されないで、右近は、こんな時に二人そろっておいでになったらという思いで胸の詰まる気がした。源氏はうるさかった砧《きぬた》の音を思い出してもその夜が恋しくて、「八月九月|正長夜《まさにながきよ》、千声万声《せんせいばんせい》無止時《やむときなし》」と歌っていた。
 今も伊予介《いよのすけ》の家の小君《こぎみ》は時々源氏の所へ行ったが、以前のように源氏から手紙を託されて来るようなことがなかった。自分の冷淡さに懲りておしまいになったのかと思って、空蝉《うつせみ》は心苦しかったが、源氏の病気をしていることを聞いた時にはさすがに歎《なげ》かれた。それに良人《おっと》の任国へ伴われる日が近づいてくるのも心細くて、自分を忘れておしまいになったかと試みる気で、
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このごろの御様子を承り、お案じ申し上げてはおりますが、それを私がどうしてお知らせすることができましょう。

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問はぬをもなど
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