た。
 惟光《これみつ》が源氏の居所を突きとめてきて、用意してきた菓子などを座敷へ持たせてよこした。これまで白《しら》ばくれていた態度を右近《うこん》に恨まれるのがつらくて、近い所へは顔を見せない。惟光は源氏が人騒がせに居所を不明にして、一日を犠牲にするまで熱心になりうる相手の女は、それに価する者であるらしいと想像をして、当然自己のものになしうるはずの人を主君にゆずった自分は広量なものだと嫉妬《しっと》に似た心で自嘲《じちょう》もし、羨望《せんぼう》もしていた。
 静かな静かな夕方の空をながめていて、奥のほうは暗くて気味が悪いと夕顔が思うふうなので、縁の簾《すだれ》を上げて夕映《ゆうば》えの雲をいっしょに見て、女も源氏とただ二人で暮らしえた一日に、まだまったく落ち着かぬ恋の境地とはいえ、過去に知らない満足が得られたらしく、少しずつ打ち解けた様子が可憐《かれん》であった。じっと源氏のそばへ寄って、この場所がこわくてならぬふうであるのがいかにも若々しい。格子《こうし》を早くおろして灯《ひ》をつけさせてからも、
「私のほうにはもう何も秘密が残っていないのに、あなたはまだそうでないのだからいけ
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