までも変わらぬ誓いを源氏はしたのである。

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前《さき》の世の契り知らるる身のうさに行く末かけて頼みがたさよ
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 と女は言った。歌を詠《よ》む才なども豊富であろうとは思われない。月夜に出れば月に誘惑されて行って帰らないことがあるということを思って出かけるのを躊躇《ちゅうちょ》する夕顔に、源氏はいろいろに言って同行を勧めているうちに月もはいってしまって東の空の白む秋のしののめが始まってきた。
 人目を引かぬ間にと思って源氏は出かけるのを急いだ。女のからだを源氏が軽々と抱いて車に乗せ右近が同乗したのであった。五条に近い帝室の後院である某院へ着いた。呼び出した院の預かり役の出て来るまで留めてある車から、忍ぶ草の生《お》い茂った門の廂《ひさし》が見上げられた。たくさんにある大木が暗さを作っているのである。霧も深く降っていて空気の湿《しめ》っぽいのに車の簾《すだれ》を上げさせてあったから源氏の袖《そで》もそのうちべったりと濡《ぬ》れてしまった。
「私にははじめての経験だが妙に不安なものだ。

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いにしへもかくやは人の惑ひけんわがまだしらぬしののめの道
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 前にこんなことがありましたか」
 と聞かれて女は恥ずかしそうだった。

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「山の端《は》の心も知らず行く月は上《うは》の空にて影や消えなん
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 心細うございます、私は」
 凄《すご》さに女がおびえてもいるように見えるのを、源氏はあの小さい家におおぜい住んでいた人なのだから道理であると思っておかしかった。
 門内へ車を入れさせて、西の対《たい》に仕度《したく》をさせている間、高欄に車の柄を引っかけて源氏らは庭にいた。右近は艶《えん》な情趣を味わいながら女主人の過去の恋愛時代のある場面なども思い出されるのであった。預かり役がみずから出てする客人の扱いが丁寧きわまるものであることから、右近にはこの風流男の何者であるかがわかった。物の形がほのぼの見えるころに家へはいった。にわかな仕度ではあったが体裁よく座敷がこしらえてあった。
「だれというほどの人がお供しておらないなどとは、どうもいやはや」
 などといって預かり役は始終出入りする源氏の下家司《しもけいし》でもあったから、座敷の近くへ来て右近
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