に、
「御家司をどなたかお呼び寄せしたものでございましょうか」
と取り次がせた。
「わざわざだれにもわからない場所にここを選んだのだから、おまえ以外の者にはすべて秘密にしておいてくれ」
と源氏は口留めをした。さっそくに調えられた粥《かゆ》などが出た。給仕も食器も間に合わせを忍ぶよりほかはない。こんな経験を持たぬ源氏は、一切を切り放して気にかけぬこととして、恋人とはばからず語り合う愉楽に酔おうとした。
源氏は昼ごろに起きて格子を自身で上げた。非常に荒れていて、人影などは見えずにはるばると遠くまでが見渡される。向こうのほうの木立ちは気味悪く古い大木に皆なっていた。近い植え込みの草や灌木《かんぼく》などには美しい姿もない。秋の荒野の景色《けしき》になっている。池も水草でうずめられた凄《すご》いものである。別れた棟《むね》のほうに部屋《へや》などを持って預かり役は住むらしいが、そことこことはよほど離れている。
「気味悪い家になっている。でも鬼なんかだって私だけはどうともしなかろう」
と源氏は言った。まだこの時までは顔を隠していたが、この態度を女が恨めしがっているのを知って、何たる錯誤だ、不都合なのは自分である、こんなに愛していながらと気がついた。
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「夕露にひもとく花は玉鉾《たまぼこ》のたよりに見えし縁《えに》こそありけれ
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あなたの心あてにそれかと思うと言った時の人の顔を近くに見て幻滅が起こりませんか」
と言う源氏の君を後目《しりめ》に女は見上げて、
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光ありと見し夕顔のうは露は黄昏時《たそがれどき》のそら目なりけり
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と言った。冗談《じょうだん》までも言う気になったのが源氏にはうれしかった。打ち解けた瞬間から源氏の美はあたりに放散した。古くさく荒れた家との対照はまして魅惑的だった。
「いつまでも真実のことを打ちあけてくれないのが恨めしくって、私もだれであるかを隠し通したのだが、負けた。もういいでしょう、名を言ってください、人間離れがあまりしすぎます」
と源氏が言っても、
「家も何もない女ですもの」
と言ってそこまではまだ打ち解けぬ様子も美しく感ぜられた。
「しかたがない。私が悪いのだから」
と怨《うら》んでみたり、永久の恋の誓いをし合ったりして時を送っ
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