いね。」
「だって……」
「うるさいッ。」
「オヤ、けんどんですネ、人が一生懸命《いっしょうけんめい》になって訊《き》いてるのに。何でそんなに沈んでいるのです?」
「別に沈んじゃいない。」
「イイエ、沈んでいます。かわいそうに。何でそんなに。」
「かわいそうに、は好かったネ、ハハハハ。」
「人をはぐらかすものじゃありませんよ。ホン気になっているものを。サ、なんで、そんなに……。なんでですよ。」
「ひとりでにカなア。」
「マア! 何も隠《かく》さなくったッていいじゃありませんか。どういう入《い》※[#小書き片仮名リ、1−6−91]訳《わけ》なんですか聴かせて下さい。実はコレコレとネ。女だって、わたしあ、あなたの忠臣《ちゅうしん》じゃありませんか。」
 忠臣という言葉は少し奇異《きい》に用いられたが、この人にしてはごもっともであった。実際この主人の忠臣であるに疑いない。しかし主人の耳にも浄瑠璃《じょうるり》なんどに出る忠臣という語に連関して聞えたか、
「話せッて云ったって、隠すのじゃ無いが、おんなわらべの知る事ならずサ。」
 浄瑠璃の行われる西の人だったから、主人は偶然《ぐうぜん》に用いた
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