ら些《ちと》御福分《おふくわ》けをなすって下さいまし。
と笑って世辞《せじ》をいってくれた。その言葉を背中に聴かせながら、
 ああ、宜《い》いとも。だがまだボク釣師だからね、ハハハ。
と答えてサッサと歩くと、
 でもアテにして待ってますよ、ハハハ。
と背後《うしろ》から大きな声で、なかなか調子が好い。世故《せこ》に慣れているというまででなくても善良の老人は人に好い感じを持たせる、こういわれて悪い気はしない。駄馬にも篠《しの》の鞭《むち》、という格《かく》で、少しは心に勇みを添えられる。勿論《もちろん》未熟者という意味のボク釣師と自《みずか》ら言ったのは謙遜的で、内心に下手《へた》釣師と自ら信じている釣客《ちょうかく》はないのであるし、自分もこの二日ばかりは不結果だったが、今日は好い結果を得たいと念じていたのである。
 場処《ばしょ》へ着いた。と見ると、いつも自分の坐るところに小さな児《こ》がチャンと坐っていた。汚れた手拭で頬冠《ほおかむ》りをして、大人《おとな》のような藍《あい》の細かい縞物《しまもの》の筒袖単衣《つつそでひとえ》の裙短《すそみじか》なのの汚れかえっているのを着て、細い
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