見送っていると、彼もまたふと振返ってこちらを見た。自分を見て、ちょっと首《かしら》を低くして挨拶したが、その眉目《びもく》は既に分明《ぶんみょう》には見えなかった。五位鷺《ごいさぎ》がギャアと夕空を鳴いて過ぎた。
 その翌日も翌※[#二の字点、1−2−22]日も自分は同じ西袋へ出かけた。しかしどうした事かその少年に復《ふたた》び会うことはなかった。
 西袋の釣はその歳限《としぎ》りでやめた。が、今でも時※[#二の字点、1−2−22]その日その場の情景を想い出す。そして現社会の何処《どこ》かにその少年が既に立派な、社会に対しての理解ある紳士となって存在しているように想えてならぬのである。
[#地から1字上げ](昭和三年十月)



底本:「幻談・観画談 他三篇」岩波文庫、岩波書店
   1990(平成2)年11月16日第1刷発行
   1994(平成6)年5月15日第6刷発行
底本の親本:「露伴全集 第四巻」岩波書店
   1953(昭和28)年3月刊
※「裙短」と「裾短」の混在は、底本通りです。
入力:土屋隆
校正:オーシャンズ3
2007年11月26日作成
青空文庫作成ファイル:

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