の鉤に魚《うお》が中《あた》った。型の好いセイゴが上《あが》って来た。
 少年は羨《うらや》ましそうに予《よ》の方を見た。
 続いてまた二|尾《ひき》、同じようなのが鉤《はり》に来た。少年は焦《あせ》るような緊張した顔になって、羨《うらやま》しげに、また少しは自分の鉤に何も来ぬのを悲しむような心を蔽いきれずに自分の方を見た。
 しばらく彼も我も無念《しん》になって竿先を見守ったが、魚の中《あた》りはちょっと途断《とだ》えた。
 ふと少年の方を見ると、少年はまじまじと予の方を見ていた。何か言いたいような風であったが、談話の緒《ちょ》を得ないというのらしい、ただ温和な親しみ寄りたいというが如き微笑を幽《かすか》に湛《たた》えて予と相見た。と同時に予は少年の竿先に魚の来《きた》ったのを認めた。
 ソレ、お前の竿に何か来たよ。
 警告すると、少年は慌《あわ》てて向直ったが早いか敏捷に巧い機《しお》に竿を上げた。かなり重い魚であったが、引上げるとそれは大きな鮒であった。小さい畚《ふご》にそれを入れて、川柳の細い枝を折取って跳出《はねだ》さぬように押え蔽った少年は、その手を小草《おぐさ》でふきながら予の方を見て、
 小父《おじ》さん、また餌をくれる?
と如何にも欲しそうに言った。
 アア、あげる。
 少年は竿を手にして予の傍《かたえ》へ来た。
 好《い》い鮒だったネ。
 よくっても鮒だから。せっかく此処《ここ》へ来たんだけれどもネエ。
と失望した口ぶりには、よくよく鮒を得たくない意《こころ》で胸が一《いっ》パイになっているのを現わしていた。
 どうもお前の竿では、わんどの内側しか釣れないのだから。
と慰めてやった。わんどとは水の彎曲した半円形をいうのだ。が、かえってそれは少年に慰めにはならずに決定的に失望を与えたことになったのを気づいた途端に、予の竿先は強く動いた。自分はもう少年には構っていられなくなった。竿を手にして、一心に魚のシメ込《こみ》を候《うかが》った。魚は式《かた》の如くにやがて喰総《くいし》めた。こっちは合せた。むこうは抵抗した。竿は月の如くになった。綸《いと》は鉄線《はりがね》の如くになった。水面に小波《さざなみ》は立った。次いでまた水の綾《あや》が乱れた。しかし終《つい》に魚は狂い疲れた。その白い平《ひら》を見せる段になってとうとうこっちへ引寄せられた。その時
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