り》と折箸《おればし》の浮子《うき》とでは、うまく安定が取れないので、時※[#二の字点、1−2−22]竿を挙げては鉤を打返《うちかえ》している。それは座を易《か》えたためではないのであるが、そう思っていられると思うと不快で仕方がない。で、自分は声を掛けた。
兄さん、此処《ここ》は潮《しお》の突掛《つっか》けて来るところだからネ、浮子釣《うきづり》ではうまく行かないよ。沈子釣《おもりづり》におしよ。
浮子釣では釣れないかい。
釣れないとは限らないが、も少し潮が利いて来たら餌がフラフラし過ぎるし、釣《つり》づらくて仕方がないだろう。
今でも釣りづらいよ。
そうだろう。沈子を持っていないなら、此処《ここ》へおいで。沈子もあげようし、シカケも直してあげよう。
沈子をくれる?
ああ。
自分の気持も坦夷《たんい》で、決して親切でないものではなかった。それが少年に感知されたからであろう、少年も平和で、そして感謝に充ちた安らかな顔をして、竿を挙げてこちらへやって来た。はじめてこの時少年の面貌|風采《ふうさい》の全幅を目にして見ると、先刻《さっき》からこの少年に対して自分の抱いていた感想は全く誤っていて、この少年もまた他の同じ位の年齢の児童と同様に真率で温和で少年らしい愛らしい無邪気な感情の所有者であり、そしてその上に聡明さのあることが感受された。その眼は清らかに澄み、その面《おもて》は明らかに晴れていた。自分は小嚢《こぶくろ》から沈子《おもり》を出して与え、かつそのシカケを改めて遣《や》ろうとした。ところが少年は、
いいよ、僕、出来るから。
といって、自《みずか》らシカケを直した。一[#(ト)]通りの沈子釣《おもりづり》の装置の仕方ぐらいは知っているのであったが、沈子のなかったために浮子釣《うきづり》をしていたのであったことが知られた。
少年の用いていた餌はけだし自分で掘取ったらしい蚯蚓《みみず》であったから、聊《いささ》かその不利なことが気の毒に感じられた。で、自分の餌桶を指示《さししめ》して、
この餌を御使いよ、それでは魚《さかな》の中《あた》りが遠いだろうから。
少年は遠慮した様子をちょっと見せたが、それでも餌の事も知っていたと見えて、嬉しそうな顔になって餌を改めた。が、僅《わずか》に一匹の虫を鉤《はり》に着けたに過ぎなかったから、
もっとお着け、魚
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