末に至って自分は明らかにまた新《あらた》に失敗した。少年は急に不機嫌になった。
小父《おじ》さんが遊びだとって、俺が遊びだとは定《きま》ってやしない。
と癇《かん》に触ったらしく投付けるようにいった。なるほどこれは悪意で言ったのではなかったが、己《おのれ》を以《もっ》て人を律するというもので、自分が遊びでも人も遊びと定まっている理はないのであった。公平を失った情懐《じょうかい》を有《も》っていなかった自分は一本打込まれたと是認しない訳には行かなかった。が、この不完全な設備と不満足な知識とを以て川に臨んでいる少年の振舞が遊びでなくてそもそも何であろう。と驚くと同時に、遊びではないといっても遊びにもなっておらぬような事をしていながら、遊びではないように高飛車に出た少年のその無智無思慮を自省せぬ点を憫笑《びんしょう》せざるを得ぬ心が起ると、殆どまた同時に引続いてこの少年をして是《かく》の如き語を突嗟《とっさ》に発するに至らしめたのは、この少年の鋭い性質からか、あるいはまた或事情が存在して然《しか》らしむるものあってか、と驚かされた。
この驚愕は自分をして当面の釣場の事よりは自分を自分の心裏に起った事に引付けたから、自分は少年との応酬を忘れて、少年への観察を敢《あえ》てするに至った。
参った。そりゃそうだった。何もお前遊びとは定《き》まっていなかったが……
と、ただ無意識で正直な挨拶をしながら、自分は凝然《じっ》と少年を見詰めていた。その間《あいだ》に少年は自分が見詰められているのも何にも気が着かないのであろう、別に何らの言語も表情もなく、自分の竿を挙げ、自分の坐をわたしに譲り、そして教えてやった場処に立って、その鉤を下《おろ》した。
ヤ、有難う。
と自分は挨拶して、乱杭のむこうに鉤を投じ、自分の竿を自分の打った釘に載せて、静かに竿頭《さおさき》を眺めた。
少年も黙っている。自分も黙っている。日の光は背に熱いが、川風は帽の下にそよ吹く。堤後《ていご》の樹下《じゅか》に鳴いているのだろう、秋蝉《あきぜみ》の声がしおらしく聞えて来た。
潮は漸《ようや》く動いて来た。魚《うお》はまさに来らんとするのであるがいまだ来ない。川向うの蘆洲《ろしゅう》からバン鴨《がも》が立って低く飛んだ。
少年はと見ると、干極《そこり》と異なって来た水の調子の変化に、些細の板沈子《いたおも
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