視るが如くになり、未来は刻々に鮮やかに展じて、億万里程もただ一条の大路《たいろ》の砥《と》の如く通ずるを信ずるに至ったでもあったろう。仏乗の研修は寂心の教導のみならず、寂心の友たり師たる恵心の指示をも得て、俊敏鋭利の根器に任せて精到苦修したことでもあったろう。恵心はもとより緻密厳詳の学風の人であったから、寂照はこれに従って大《おおい》に益を得たことでもあろう、それで寂照を恵心の弟子のように云伝えることも生じたのであろう。しかも恵心はまた頭陀行《ずだぎょう》を厳修したので、当時円融院の中宮|遵子《ゆきこ》の御方は、新たに金の御器ども打たせたまいて供養せられたので、かくては却ってあまりに過ぎたりと云って、恵心は乞食《こつじき》をとどめたと云う噂さえ、大鏡にのこり伝わっているほどである。頭陀行というのは、仏弟子たるものの如法に行うべき十二の行をいうので、何も乞食をするのみが唯一の事ではないが、衣《え》二、食《し》四、住《じゅう》六の法式の中《うち》の、第三、常乞食《じょうこつじき》の法が自然に十二行の中枢たるの観を為すに至っているので、頭陀行をすると云えば乞食をするということのようになってい
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