篤行《あつゆき》から平姓を賜わり、和漢の才もあった人ではあるが、従五位上|駿河守《するがのかみ》になっただけで終った余り世栄を享けなかった人であるから、年齢其他の関係から、女には疎まれたのかも知れない。兼盛の集を見ると、「いひそめていと久しうなりにける人に」「返事もさらにせねば」「物などいへどいとつれなき人に」「女のもとにまかりて、ものなどいふにつれなきを思ひなげくほどに鳥さへなけば」「女よにこひしとも思はじといひたりければ」「女返しもせざりければ」「なをいとつらかりける女に」「いといたう恨みて」「思ひかけて久しくなりぬる人のことさまになりぬときゝて」などという前書の恋の歌が多い。後撰集雑二に「難波《なには》がた汀のあしのおいのよにうらみてぞふる人のこゝろを」というのが読人不知《よみびとしらず》になって出て居るが、兼盛の歌である。新勅撰集恋二に「しら山の雪のした草われなれやしたにもえつゝ年の経《へ》ぬらん」とあるのも兼盛の歌である。後拾遺集恋一、「恋そめし心をのみぞうらみつる人のつらさを我になしつゝ」、続千載集恋五、「つらくのみ見ゆる君かな山の端《は》に風まつ雲のさだめなき世に」も兼盛
前へ
次へ
全120ページ中51ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング