年か二年、明道年間に死んだのであるが、寂照が平坦《へいたん》な三十年ばかりの生活をした間に、謂は嶮峻《けんしゅん》な世路を歩んで、上ったり下ったりしたのであった。別に其間に謂と照との談《はなし》はない。謂は謂であり、照は照であったであろう。最初に謂がしきりに照を世話した頃、照は謂に其の有《も》っていた黒金の水瓶《すいびょう》に詩を添えて贈った。

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提携《ていけい》す三五載《さんごさい》、日に用ゐて曾《かつ》て離れず。
暁井《げうせい》 残月を斟《く》み、寒炉《かんろ》 砕※[#「さんずい+斯」、第3水準1−87−16]《さいし》を釈《お》く。
※[#「番+おおざと」、第3水準1−92−82]銀《はぎん》 侈《し》をを免《まぬか》れ難く、莱石《らいせき》 虧《き》を成《な》し易し。
此器 堅く還《また》実なり、公《こう》に寄《よ》す 応《まさ》に知る可きなるべし。
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 答詩が有ったろうが、丁謂集を有せぬから知らぬ。謂に対しての照の言葉の残っているのはただこれだけである。謂が流された崖州は当時は甚だしい蛮島であった。謂の
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