いのであるがそう尋《たず》ねられると、自分が食べてさえ見せればよいような気になって、答えもせずに口のほとりへ持って行った。途端《とたん》に恐ろしい敏捷《すばや》さで東坡巾先生は突《つ》と出て自分の手からそれを打落《うちおと》して、やや慌《あわ》て気味《ぎみ》で、飛んでもない、そんなものを口にして成るものですか、と叱《しっ》するがごとくに制止した。自分は呆《あき》れて驚《おどろ》いた。
 先生の言《げん》によると、それはタムシ草と云って、その葉や茎から出る汁《しる》を塗《ぬ》れば疥癬《ひぜん》の虫さえ死んでしまうという毒草だそうで、食べるどころのものでは無い危いものだということであって、自分も全く驚いてしまった。こんな長閑気《のんき》な仙人《せんにん》じみた閑遊《かんゆう》の間にも、危険は伏在《ふくざい》しているものかと、今更ながら呆れざるを得なかった。
 ペンペン草の返礼にあれを喫《た》べさせられては、と土耳舌帽氏も恐れ入った。人々は大笑いに笑い、自分も笑ったが、自分の慙入《はじい》った感情は、洒々落々《しゃしゃらくらく》たる人々の間の事とて、やがて水と流され風と払《はら》われて何の痕
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