いしょく》だなぞと褒《ほ》めさせられるよ、と戯《たわむ》れたので一同《みんな》哄然《どっ》と笑声《しょうせい》を挙《あ》げた。
東坡巾先生は道行振の下から腰にしていた小さな瓢《ひさご》を取出した。一合少し位しか入らぬらしいが、いかにも上品な佳《よ》い瓢だった。そして底の縁《へり》に小孔《こあな》があって、それに細い組紐《くみひも》を通してある白い小玉盃《しょうぎょくはい》を取出して自ら楽しげに一盃《いっぱい》を仰《あお》いだ。そこは江戸川の西の土堤《どて》へ上《あが》り端《ばな》のところであった。堤《つつみ》の桜《さくら》わずか二三|株《しゅ》ほど眼界に入っていた。
土耳古帽《トルコぼう》は堤畔《ていはん》の草に腰を下して休んだ。二合余も入りそうな瓢にスカリのかかっているのを傍に置き、袂《たもと》から白い巾《きれ》に包《くる》んだ赤楽《あからく》の馬上杯《ばじょうはい》を取出し、一度|拭《ぬぐ》ってから落ちついて独酌《どくしゃく》した。鼠股引《ねずみももひき》の先生は二ツ折にした手拭《てぬぐい》を草に布《し》いてその上へ腰を下して、銀の細箍《ほそたが》のかかっている杉の吸筒《すいづつ》の栓《せん》をさし直して、張紙《はりこ》の※[#「髟/休」、第3水準1−94−26]猪口《ぬりちょく》の中は総金箔《ひたはく》になっているのに一盃ついで、一[#(ト)]口|呑《の》んだままなおそれを手にして四方《あたり》を眺《なが》めている。自分は人々に傚《なら》って、堤腹に脚《あし》を出しながら、帰路《かえり》には捨てるつもりで持って来た安い猪口に吾《わ》が酒を注《つ》いで呑んだ。
見ると東坡巾先生は瓢も玉盃も腰にして了《しま》って、懐中《ふところ》の紙入から弾機《ばね》の無い西洋ナイフのような総真鍮製《そうしんちゅうせい》の物を取出して、刃《は》を引出して真直《まっすぐ》にして少し戻《もど》すと手丈夫《てじょうぶ》な真鍮の刀子《とうす》になった。それを手にして堤下《どてした》を少しうろついていたが、何か掘《ほ》っていると思うと、たちまちにして春の日に光る白い小さい球根を五つ六つ懐《ふところ》から出した半紙の上に載《の》せて戻《もど》って来た。ヤア、と云って皆は挨拶した。
鼠股引氏は早速《さっそく》にその球《たま》を受取って、懐紙《かいし》で土を拭って、取出した小短冊形の杉板
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