の許に身を置くのであつた。
 長次はやがて思案の末、新八、太七の買《かひ》つけの薬舗《くすりや》に行つて薬を調べたりして腐心するのであつたが、一向その秘法も埒明かず、果ては病人のやうに幼な心を痛めるのを、母親はとかくに慰め訓へて無駄な労力を止めようとするのであつた。
 しかし長次も親譲りの負けぬ気性、湯加減を偸《ぬす》んで名刀の名を馳せし刀鍛治左文字の故事を学ぶの最後の智慧を以て、或日は薄暮、或日は暁暗、亦時として通りすがりの様を装《よそほ》つて、新八、太七の工場の前を窺つては中の様子にそれとなく注意を払ふのであつたが、却※[#二の字点、1−2−22]《なか/\》にその効もなく、そのまゝ日数を経て行つた。

    五

 一日《あるひ》、雪降り凜※[#二の字点、1−2−22]たる寒気の中を例の如く太七の家の前を通るうち、プッツと切れた下駄の鼻緒に転ぶ途端、無作法に笑ひこける太七の家の職人共に、何が可笑しいと詰り寄るうち、ふと一人の職人が細工場の戸を開けて外を窺つた。その瞬間であつた。一種の異臭の幽《かす》かに浮び出るを敏《さと》くも感覚した長次は、身体の痛みも口惜しさも忘れ、跣足《は
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