なく、まして非常の際に無心に来たとも言はれもせず、茫然自失の体《てい》であつた。

    四

 一方、釜貞の家では、倅の長次は朝起きると共に父親の居らぬを怪しみ母に仔細を問へば、斯※[#二の字点、1−2−22]《かく/\》の次第と涙の繰言《くりごと》に歯を喰ひしばつて口惜《くや》しがつたが、これもみな、新八、太七の類が為せし業《わざ》、ようし、斯うなつたら幼しと雖も我も釜貞の倅だ、虹蓋位の手口が判らずに措《お》くものかと、それから凡《あら》ゆる智慧と経験に照らして土間に転《ころが》つてゐた地金の屑をかき集め、灼《や》き、打ち、又焼き又叩き、虹蓋の秘伝を自ら編み出さうと夜の目も寝ずに苦心に苦心を重ねたが、どう工夫し、どう溶《と》かし合せても、似よりのものさへ出来ず、憔悴せんばかりに幾日を送るのであつた。
 釜貞は他《ひと》の不幸に際会して目的の無心も云へず、といふて明日の命を繋ぐ糧さへ無い我家を想ふと矢も楯もあらず、男を枉《ま》げ心を殺して幾許《いくばく》かの金を才覚して、大阪の家へ細※[#二の字点、1−2−22]と認めた手紙に添へて送つてやり、自分は他の職を見つけるべく尚京都の縁者
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