22]と涙を拭ふばかりである。
 かうして、背戸に泣く虫の音もいたく衰へた秋の夜長、親子三人枕を並べはしたが、思ひ/\の悲愁に満ちた不眠の幾夜、分けても釜貞にとつては辛い苦しい悪夢の夜が続くのであつた。

    三

 貧すれば鈍するとか、分別も智慧もありながら、頑固な気性がつひした借金の負目《おひめ》となつて、釜貞は、一月二月と経つうちに、破れ障子破れ衾《ぶすま》の夜寒に思案もなく、有る程のものを悉く売り尽して露の命を細※[#二の字点、1−2−22]と繋いでゐたが、山と重なる諸方の支払も云訳《いひわけ》ばかりでは済まなくなつたので、万一にも此処ばかりは頼るまいと念じてゐた京都の親類を尋ねるため、川蒸気に乗つて出立した。
 久※[#二の字点、1−2−22]の訪問に手土産一つも調《ととの》ひかねて、きまり悪さに胸を掻きむしられる思ひで、霜の朝をその親類へと辿り着いた。と、何とはなく変つた家内の様子、奥の間より洩れて来る線香の香などにハッと驚きながらに通されると、未だ通知も届かぬ刻限なのにようこそ来た、実は母が八十の高齢で遂に昨日死んだとの悼《くや》み言《ごと》、釜貞は仏前へ差出す一物も
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