手筋も大方知つてゐようが、世の中は千人寄つても盲ばかりの素人たち、見かけ倒しの品物でも異《ちが》つたものを嬉しがる馬鹿さ加減つたらねえ!」
 すると長次は、親の心子知らず、只目下の窮状を見るにつけて、父親の徒らなる憤慨に異見を挟みたくなつた。
「でも父さん、何も商売、お客様の喜ぶのが虹蓋なら、長年の経験で父さんにもその製法は判つてゐやうに、ひとつお気を入れ替へてそれを作つて問屋を奪《と》り返しては如何です。今日も御留守に米屋の親父《おやぢ》が来て蓄《たま》つた米代の催促をするやら、それに炭屋や質屋の……」
 云はせも果てず父親は、
「馬鹿! 手前《てめへ》までがそんな腐つた了簡で、歿《な》くなられた浄雪師匠に済まぬとは思はぬか。軽薄な細工物は云はば廃《すた》り易い流行物《はやりもの》、一流の操《みさを》を立てゝ己《おのれ》の分を守るのが名人気質だと云ふのが分らぬか、この不了簡者。米屋がどうの、炭屋がどうの――仮令《たとへ》餓ゑ死しようと、今更虹蓋つくるやうな卑劣《けち》な了簡を持つてたまるものか!」
と大喝するのを、蔭で女房は夫の日頃の気性を知つてゐるだけに只黙※[#二の字点、1−2−
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