くちゃアならない事をしておくれかエ。エ、エ、エ。
「ム、ム、マアいいやナ、してもしねえでも。ただ汝《てめえ》の返辞が聞きてえのだ。
「どうしても汝《おまい》聞きたいのかエ。
 女の唇《くちびる》は堅《かた》く結ばれ、その眼は重々しく静かに据《すわ》り、その姿勢《なり》はきっと正され、その面は深く沈める必死の勇気に満《みた》されたり。男は萎《しお》れきったる様子になりて、
「マア、聞きてえとおもってもらおう。おらあ汝《おめえ》の運は汝に任《まか》せてえ、おらが横車を云おう気は持たねえ、正直に隠《かく》さず云ってくれ。
 女はグイとまた仰飲《あお》って、冷然として云い放った。
「何が何でもわたしゃアいいよ、首になっても列《なら》ぼうわね。
 面は火のように、眼は耀《かがや》くように見えながら涙はぽろりと膝《ひざ》に落ちたり。男は臂《ひじ》を伸《のば》してその頸《くび》にかけ、我を忘れたるごとく抱《いだ》き締《し》めつ、
「ムム、ありがてえ、アッハハハハ、ナニ、冗談《じょうだん》だあナ。べらぼうめえ、貧乏したって誰《だれ》が馬鹿なことをしてなるものか。ああ明日の富籤《とみ》に当りてえナ、千両
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