将門も真実の天子となれたかも知れない。弓削道鏡《ゆげのだうきやう》の一類には玄賓僧都《げんぴんそうづ》があり、清盛の子に重盛があり、将門の弟に将平の有つたのは何といふ面白い造物の脚色だらう。何様《どう》も戯曲には真の歴史は無いが、歴史には却《かへ》つて好い戯曲がある。将門の家隷《けらい》の伊和員経《いわのかずつね》といふ者も、物静かに将門を諫めたといふ。然し将門は将平を迂誕《うたん》だといひ、員経を心無き者だといつて容れなかつた由だが、火事もこゝまで燃えほこつては、救はんとするも焦頭爛頭《せうとうらんとう》あるのみだ。「とゞの詰りは真白《まつしろ》な灰」になつて何も浮世の埒《らち》が明くのである。「上戸《じやうこ》も死ねば下戸も死ぬ風邪《かぜ》」で、毒酒の美《うま》さに跡引上戸となつた将門も大酔淋漓《たいすゐりんり》で島広山《しまひろやま》に打倒れゝば、「番茶に笑《ゑ》んで世を軽う視る」といつた調子の洒落《しや》れた将平も何様《どう》なつたか分らない。四角な蟹《かに》、円い蟹、「生きて居る間のおの/\の形《なり》」を果敢《はか》なく浪の来ぬ間の沙《すな》に痕《あと》つけたまでだ。
将
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