馬小次郎|郎党《らうだう》を率《ひき》ゐて押出した。興世王ばかりではあるまい、平常むだ飯を食つて居る者が、桃太郎のお供の猿や犬のやうな顔をして出掛けたに違無い。維幾の方でも知らぬ事は無い、十分に兵を用意した。将門は、件《くだん》の玄明下総に入つたる以上は下総に住せしめ、踏込んで追捕すること無きやうにありたいと申込んだ。維幾の方にも貞盛なり国香なりの一《いち》まきが居たらう。維幾は将門の申込に対して、折角の御申状《おんまをしじやう》ではあるが承引致し申さぬ、とかう仰せらるゝならば公の力、刀の上で此方心のまゝに致すまで、と刎付《はねつ》けた。然《さ》らば、然らば、を双方で言つて終《しま》つたから、論は無い、後は斫合《きりあ》ひだ。揉合《もみあ》ひ押合つた末は、玄明の手引《てびき》があるので将門の方が利を得た。大日本史や、記に「将門撃つて三千人を殺す」とあるのは大袈裟《おほげさ》過ぎるやうだが、敵将維幾を生捕《いけど》りにし、官の印鑰《いんやく》を奪ひ、財宝を多く奪ひ、営舎を焚《や》き、凱歌《がいか》を挙《あ》げて、二十九日に豊田郡の鎌輪《かまわ》、即ち今の鎌庭に帰つた。勢《いきほひ》といふ
前へ
次へ
全97ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング