渋茶に夢を拭《ぬぐ》い、朝|飯《はん》[#「飯」は底本では「飲」]平常《ふだん》より甘《うま》く食いて泥《どろ》を踏まぬ雪沓《ゆきぐつ》軽《かろ》く、飄々《ひょうひょう》と立出《たちいで》しが、折角|吾《わが》志《こころざし》を彫りし櫛《くし》与えざるも残念、家は宿の爺《おやじ》に聞《きき》て街道の傍《かたえ》を僅《わずか》折り曲りたる所と知れば、立ち寄りて窓からでも投込まんと段々行くに、果《はた》せる哉《かな》縦《もみ》の木高く聳《そび》えて外囲い大きく如何《いか》にも須原《すはら》の長者が昔の住居《すまい》と思わるゝ立派なる家の横手に、此頃《このごろ》の風吹き曲《ゆが》めたる荒屋《あばらや》あり。近付くまゝに中《うち》の様子を伺えば、寥然《ひっそり》として人のありとも想《おも》われず、是は不思議とやぶれ戸に耳を付《つけ》て聞けば竊々《ひそひそ》と※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささ》やくような音、愈《いよいよ》あやしく尚《なお》耳を澄《すま》せば啜《すす》り泣《なき》する女の声なり。さては邪見な七蔵《しちぞう》め、何事したるかと彼此《あちこち》さがして大きなる節《ふし》
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