一重《ひとえ》、たるみの出来たる筵《むしろ》屏風《びょうぶ》、あるに甲斐《かい》なく世を経《ふ》れば貧には運も七分《しちぶ》凍《こお》りて三分《さんぶ》の未練を命に生《いき》るか、噫《ああ》と計《ばか》りに夢現《ゆめうつつ》分《わか》たず珠運は歎《たん》ずる時、雨戸に雪の音さら/\として、火は消《きえ》ざる炬燵《こたつ》に足の先|冷《つめた》かりき。
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    第五 如是作《にょぜさ》

      上 我を忘れて而生其心《にしょうごしん》

 よしや脊《せ》に暖《あたたか》ならずとも旭日《あさひ》きら/\とさしのぼりて山々の峰の雪に移りたる景色、眼《め》も眩《くら》む許《ばか》りの美しさ、物腥《ものぐさ》き西洋の塵《ちり》も此処《ここ》までは飛《とん》で来ず、清浄《しょうじょう》潔白|実《げ》に頼母敷《たのもしき》岐蘇路《きそじ》、日本国の古風残りて軒近く鳴く小鳥の声、是《これ》も神代を其儘《そのまま》と詰《つま》らぬ者《もの》をも面白く感ずるは、昨宵《ゆうべ》の嵐《あらし》去りて跡なく、雲の切れ目の所所、青空見ゆるに人の心の悠々とせし故なるべし。珠運《しゅうん》梅干
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