内の心ある者には爪《つま》はじきせらるゝをもかまわず遂《つい》に須原の長者の家敷《やしき》も、空《むな》しく庭|中《うち》の石燈籠《いしどうろう》に美しき苔《こけ》を添えて人手に渡し、長屋門のうしろに大木の樅《もみ》の梢《こずえ》吹く風の音ばかり、今の耳にも替《かわ》らずして、直《すぐ》其傍《そのそば》なる荒屋《あばらや》に住《すま》いぬるが、さても下駄《げた》の歯《は》と人の気風は一度ゆがみて一代なおらぬもの、何一《ひ》トつ満足なる者なき中にも盃《さかずき》のみ欠かけず、柴木《しばき》へし折って箸《はし》にしながら象牙《ぞうげ》の骰子《さい》に誇るこそ愚《おろか》なれ。かゝる叔父を持つ身の当惑、御嶽《おんたけ》の雪の肌《はだ》清らかに、石楠《しゃくなげ》の花の顔|気高《けだか》く生れ付《つい》てもお辰を嫁にせんという者、七蔵と云う名を聞《きい》ては山抜け雪流《なだれ》より恐ろしくおぞ毛ふるって思い止《とま》れば、二十《はたち》を越《こ》して痛ましや生娘《きむすめ》、昼は賃仕事に肩の張るを休むる間なく、夜は宿中《しゅくじゅう》の旅籠屋《はたごや》廻《まわ》りて、元は穢多《えた》かも知れ
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