置きかね漂泊《ただよい》あるきの渡り大工、段々と美濃路《みのじ》を歴《へ》て信濃《しなの》に来《きた》り、折しも須原《すはら》の長者何がしの隠居所作る手伝い柱を削れ羽目板を付《つけ》ろと棟梁《とうりょう》の差図《さしず》には従えど、墨縄《すみなわ》の直《すぐ》なには傚《なら》わぬ横道《おうどう》、お吉《きち》様と呼ばせらるゝ秘蔵の嬢様にやさしげな濡《ぬれ》を仕掛け、鉋屑《かんなくず》に墨さし思《おもい》を云《い》わせでもしたるか、とう/\そゝのかしてとんでもなき穴掘り仕事、それも縁なら是非なしと愛に暗《くら》んで男の性質も見《み》分《わけ》ぬ長者のえせ粋《すい》三国一の狼婿《おおかみむこ》、取って安堵《あんど》したと知らぬが仏様に其年《そのとし》なられし跡は、山林|家《いえ》蔵《くら》椽《えん》の下の糠味噌瓶《ぬかみそがめ》まで譲り受けて村|中《じゅう》寄り合いの席に肩《かた》ぎしつかせての正坐《しょうざ》、片腹痛き世や。あわれ室香《むろか》はむら雲迷い野分《のわけ》吹く頃《ころ》、少しの風邪に冒されてより枕《まくら》あがらず、秋の夜|冷《ひややか》に虫の音遠ざかり行くも観念の友となっ
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