唱歌も我に引き較《くら》べて絶ゆる事なく悲しきを、コロリン、チャンと済《すま》して貰《もら》い度《た》しと無慈悲の借金取めが朝に晩にの掛合《かけあい》、返答も力|無《な》や男松《おまつ》を離れし姫蔦《ひめづた》の、斯《こう》も世の風に嬲《なぶ》らるゝ者《もの》かと俯《うつむ》きて、横眼に交張《まぜば》りの、袋戸《ふくろど》に広重《ひろしげ》が絵見ながら、悔《くや》しいにつけゆかしさ忍ばれ、方様《かたさま》早う帰って下されと独言《ひとりごと》口を洩《も》るれば、利足《りそく》も払わず帰れとはよく云えた事と吠付《ほえつか》れ。アヽ大きな声して下さるな、あなたにも似合わぬと云いさして、御腹《おなか》には大事の/\我子《わがこ》ではない顔見ぬ先からいとしゅうてならぬ方様《かたさま》の紀念《かたみ》、唐土《もろこし》には胎教という事さえありてゆるがせならぬ者と或夜《あるよ》の物語りに聞しに此ありさまの口惜《くちおし》と腸《はらわた》を断つ苦しさ。天女も五衰《ごすい》ぞかし、玳瑁《たいまい》の櫛《くし》、真珠の根掛《ねがけ》いつか無くなりては華鬘《けまん》の美しかりける俤《おもかげ》とどまらず、身
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