とわり》をのがれず、梅岡《うめおか》何某《なにがし》と呼ばれし中国浪人のきりゝとして男らしきに契《ちぎり》を込め、浅からぬ中となりしより他《よそ》の恋をば贔負《ひいき》にする客もなく、線香の煙り絶々《たえだえ》になるにつけても、よしやわざくれ身は朝顔のと短き命、捨撥《すてばち》にしてからは恐ろしき者にいうなる新徴組《しんちょうぐみ》何の怖《こわ》い事なく三筋《みすじ》取っても一筋心《ひとすじごころ》に君さま大事と、時を憚《はばか》り世を忍ぶ男を隠匿《かくまい》し半年あまり、苦労の中にも助《たすく》る神の結び玉《たま》いし縁なれや嬉しき情《なさけ》の胤《たね》を宿して帯の祝い芽出度《めでたく》舒《の》びし眉間《みけん》に忽《たちま》ち皺《しわ》の浪《なみ》立《たち》て騒がしき鳥羽《とば》伏見《ふしみ》の戦争。さても方様《かたさま》の憎い程な気強さ、爰《ここ》なり丈夫《おとこ》の志を遂《と》ぐるはと一《ひ》ト群《むれ》の同志《どうし》を率いて官軍に加わらんとし玉うを止《とど》むるにはあらねど生死《しょうじ》争う修羅《しゅら》の巷《ちまた》に踏《ふみ》入《い》りて、雲のあなたの吾妻里《あづまじ》、空寒き奥州《おうしゅう》にまで帰る事は云《い》わずに旅立《たびだち》玉う離別《わかれ》には、是《これ》を出世の御発途《おんかどいで》と義理で暁《さと》して雄々《おお》しき詞《ことば》を、口に云わする心が真情《まこと》か、狭き女の胸に余りて案じ過《すご》せば潤《うる》む眼《め》の、涙が無理かと、粋《すい》ほど迷う道多くて自分ながら思い分たず、うろ/\する内《うち》日は消《たち》て愈※[#二の字点、1−2−22]《いよいよ》となり、義経袴《よしつねばかま》に男山《おとこやま》八幡《はちまん》の守りくけ込んで愚《おろか》なと笑《わらい》片頬《かたほ》に叱《しか》られし昨日《きのう》の声はまだ耳に残るに、今、今の御姿《おすがた》はもう一里先か、エヽせめては一日路《いちにちじ》程も見透《みとお》したきを役|立《たた》ぬ此眼の腹|立《だた》しやと門辺《かどべ》に伸び上《あが》りての甲斐《かい》なき繰言《くりごと》それも尤《もっとも》なりき。一《ひ》ト月過ぎ二《ふ》タ月|過《すぎ》ても此《この》恨《うらみ》綿々《めんめん》ろう/\として、筑紫琴《つくしごと》習う隣家《となり》の妓《こ》がうたう唱歌も我に引き較《くら》べて絶ゆる事なく悲しきを、コロリン、チャンと済《すま》して貰《もら》い度《た》しと無慈悲の借金取めが朝に晩にの掛合《かけあい》、返答も力|無《な》や男松《おまつ》を離れし姫蔦《ひめづた》の、斯《こう》も世の風に嬲《なぶ》らるゝ者《もの》かと俯《うつむ》きて、横眼に交張《まぜば》りの、袋戸《ふくろど》に広重《ひろしげ》が絵見ながら、悔《くや》しいにつけゆかしさ忍ばれ、方様《かたさま》早う帰って下されと独言《ひとりごと》口を洩《も》るれば、利足《りそく》も払わず帰れとはよく云えた事と吠付《ほえつか》れ。アヽ大きな声して下さるな、あなたにも似合わぬと云いさして、御腹《おなか》には大事の/\我子《わがこ》ではない顔見ぬ先からいとしゅうてならぬ方様《かたさま》の紀念《かたみ》、唐土《もろこし》には胎教という事さえありてゆるがせならぬ者と或夜《あるよ》の物語りに聞しに此ありさまの口惜《くちおし》と腸《はらわた》を断つ苦しさ。天女も五衰《ごすい》ぞかし、玳瑁《たいまい》の櫛《くし》、真珠の根掛《ねがけ》いつか無くなりては華鬘《けまん》の美しかりける俤《おもかげ》とどまらず、身だしなみ懶《ものう》くて、光ると云われし色艶《いろつや》屈托《くったく》に曇り、好みの衣裳《いしょう》数々彼に取られ是《これ》に易《か》えては、着古しの平常衣《ふだんぎ》一つ、何の焼《たき》かけの霊香《れいきょう》薫ずべきか、泣き寄りの親身《しんみ》に一人の弟《おとと》は、有っても無きに劣《おと》る賭博《ばくち》好き酒好き、落魄《おちぶれ》て相談相手になるべきならねば頼むは親切な雇婆《やといばば》計《ばか》り、あじきなく暮らす中《うち》月|満《みち》て産声《うぶごえ》美《うるわ》しく玉のような女の子、辰《たつ》と名|付《づけ》られしはあの花漬《はなづけ》売りなりと、是《これ》も昔は伊勢《いせ》参宮の御利益《ごりやく》に粋《すい》という事覚えられしらしき宿屋の親爺《おやじ》が物語に珠運も木像ならず、涙|掃《はら》って其後《そののち》を問えば、御待《おまち》なされ、話しの調子に乗って居る内、炉の火が淋《さみ》しゅうなりました。
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第三 如是性《にょぜしょう》
上 母は嵐《あらし》に香《か》の迸《はし》る梅
山家《やまが》の御馳走《ごちそう》は何処《
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