しんどう》のさくれ石足を噛《か》むに生爪《なまづめ》を剥《はが》し悩むを胴慾《どうよく》の車夫法外の価《ね》を貪《むさぼ》り、尚《なお》も並木で五割|酒銭《さかて》は天下の法だとゆする、仇《あだ》もなさけも一日限りの、人情は薄き掛け蒲団《ぶとん》に襟首《えりくび》さむく、待遇《もてなし》は冷《ひややか》な平《ひら》の内《うち》に蒟蒻《こんにゃく》黒し。珠運《しゅうん》素《もと》より貧《まずし》きには馴《な》れても、加茂川《かもがわ》の水柔らかなる所に生長《おいたち》て初《はじめ》て野越え山越えのつらきを覚えし草枕《くさまくら》、露に湿《しめ》りて心細き夢おぼつかなくも馴れし都の空を遶《めぐ》るに無残や郭公《ほととぎす》待《まち》もせぬ耳に眠りを切って破《や》れ戸《ど》の罅隙《すきま》に、我は顔《がお》の明星光りきらめくうら悲しさ、或《ある》は柳散り桐《きり》落《おち》て無常身に染《しみ》る野寺の鐘、つく/″\命は森林《もり》を縫う稲妻のいと続き難き者と観ずるに付《つけ》ても志願を遂ぐる道遠しと意馬《いば》に鞭《むち》打ち励ましつ、漸《ようや》く東海道の名刹《めいさつ》古社に神像木仏|梁《はり》欄間《らんま》の彫りまで見巡《みめぐ》りて鎌倉東京日光も見たり、是より最後の楽《たのしみ》は奈良じゃと急ぎ登り行く碓氷峠《うすいとうげ》の冬|最中《もなか》、雪たけありて裾《すそ》寒き浅間《あさま》下ろしの烈《はげ》しきにめげず臆《おく》せず、名に高き和田《わだ》塩尻《しおじり》を藁沓《わらぐつ》の底に踏み蹂《にじ》り、木曾路《きそじ》に入りて日照山《ひでりやま》桟橋《かけはし》寝覚《ねざめ》後になし須原《すはら》の宿《しゅく》に着《つき》にけり。
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第一 如是相《にょぜそう》
書けぬ所が美しさの第一義諦《だいいちぎたい》
名物に甘《うま》き物ありて、空腹《すきはら》に須原《すはら》のとろゝ汁殊の外《ほか》妙なるに飯《めし》幾杯か滑り込ませたる身体《からだ》を此尽《このまま》寝さするも毒とは思えど為《す》る事なく、道中日記|注《つ》け終《しま》いて、のつそつしながら煤《すす》びたる行燈《あんどん》の横手の楽落《らくがき》を読《よめ》ば山梨県士族|山本勘介《やまもとかんすけ》大江山《おおえやま》退治の際一泊と禿筆《ちびふで》の跡《あと》、さては英雄殿もひとり旅の退屈に閉口しての御《おん》わざくれ、おかしき計《ばか》りかあわれに覚えて初対面から膝《ひざ》をくずして語る炬燵《こたつ》に相《あい》宿《やど》の友もなき珠運《しゅうん》、微《かすか》なる埋火《うずみび》に脚を※[#「火+共」、第3水準1−87−42]《あぶ》り、つくねんとして櫓《やぐら》の上に首|投《なげ》かけ、うつら/\となる所へ此方《こなた》をさして来る足音、しとやかなるは踵《かかと》に亀裂《ひび》きらせしさき程の下女にあらず。御免なされと襖《ふすま》越しのやさしき声に胸ときめき、為《し》かけた欠伸《あくび》を半分|噛《か》みて何とも知れぬ返辞をすれば、唐紙《からかみ》する/\と開き丁寧《ていねい》に辞義《じぎ》して、冬の日の木曾路《きそじ》嘸《さぞ》や御疲《おつかれ》に御座りましょうが御覧下され是《これ》は当所の名誉|花漬《はなづけ》今年の夏のあつさをも越して今降る雪の真最中《まっさいちゅう》、色もあせずに居《お》りまする梅桃桜のあだくらべ、御意に入りましたら蔭膳《かげぜん》を信濃《しなの》へ向《む》けて人知らぬ寒さを知られし都の御方《おかた》へ御土産《おみやげ》にと心憎き愛嬌《あいきょう》言葉|商買《しょうばい》の艶《つや》とてなまめかしく売物に香《か》を添ゆる口のきゝぶりに利発あらわれ、世馴《よな》れて渋らず、さりとて軽佻《かるはずみ》にもなきとりなし、持ち来《きた》りし包《つつみ》静《しずか》にひらきて二箱三箱差し出《いだ》す手《て》つきしおらしさに、花は余所《よそ》になりてうつゝなく覗《のぞ》き込む此方《こなた》の眼《め》を避けて背向《そむ》くる顔、折から透間《すきま》洩《も》る風《かぜ》に燈火《ともしび》動き明らかには見えざるにさえ隠れ難き美しさ。我《が》折《お》れ深山《みやま》に是《これ》は何物。
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第二 如是体《にょぜたい》
粋《すい》の羯羅藍《かららん》と実《じつ》の阿羅藍《あららん》
見て面白き世の中に聞《きい》て悲しき人の上あり。昔は此《この》京《きょう》にして此|妓《こ》ありと評判は八坂《やさか》の塔より高く其《その》名は音羽《おとわ》の滝より響きし室香《むろか》と云《い》える芸子《げいこ》ありしが、さる程に地主権現《じしゅごんげん》の花の色|盛者《しょうじゃ》必衰の理《こ
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